ホルヘがサッカーを好きになったのは、1974年の西ドイツW杯がきっかけだった。
クライフ率いるオレンジ軍団のオランダに衝撃を受けドンドンのめり込んでいき、ガチガチのオランダファンになっていた。
今はオランダサッカーのことを何とも思っていないが、不思議なことに、決勝でオランダを破った西ドイツへの敵愾心は現在も残っていて、どうしてもドイツサッカーが好きになれない。
決勝で敗れた恨みというのが最大の原因なのだろうが、トータルフットボールという華のあるオランダに対し、質実剛健で実用主義という西ドイツの地味さも嫌いになる要因だった。
まさに陰と陽、野村と長嶋といったところ。
今のドイツには野村のような暗さはないものの、試合を観るたびに当時の印象が蘇って来る。
しかし、そんなドイツ嫌いのホルヘが、リオ五輪の決勝ではドイツを応援した。
とにかく、ブラジルに優勝させたくなかったのだ。
W杯を5度も制したサッカー王国が、これまで本気で挑みながら五輪の金メダルだけには手が届かない。
これはもう、伝説として未来永劫続くべきだと思ったのだ。
それゆえ不本意にもドイツを応援したが、結果はあの通り。
これで、さらにドイツが嫌いになりそうだ。
今回の五輪で日本は過去最高のメダルを獲得したが、アルゼンチンも好調で、メダルランキングではここ60年間で最高のものとなった。
まずは初日、女子柔道48キロ以下級でパレットが金メダルという幸先のいいスタートを切る。
ヨットの混合ナクラ17級という聞いたこともない競技では、ランヘ、カランサ組が優勝。
ランヘは54歳のオジサンで、肺癌に打ち勝っての栄冠だった。
本人も優勝できるとは考えていなかったという。
同じように予想外の金メダル獲得は男子ホッケー。
アルゼンチンではホッケーの人気が高く、北京で銅メダル、ロンドンで銀メダルを獲得しているが、それは女子。
男子チームは国内でもノーマークの存在だった。
そして、男子テニスではデル・ポトロが、1回戦でジョコビッチ、準決勝でナダルを倒して銀メダルを獲得。
アルゼンチンのメダル数は、金3個、銀1個の計4個。
南米の大国なのでスポーツも強そうだが、意外とそうでもない。
一般に五輪におけるメダル獲得の国別順位は、メダル総数ではなく金メダルの数で決める。
金の数が同じなら、銀の数、銅の数で順位をつける。ロンドン大会で42位だったアルゼンチンは、今回27位に躍進。
これは1952年のヘルシンキ大会で19位となって以来の最高位だそうだ。