ボカ、リーベル狂騒曲

10日の土曜日早朝、激しい雨音で目が覚めた。 やがて雷も鳴りだし、雨はさらに勢いを強めた。 午後5時キックオフのコパ・リベルタドーレス決勝戦ボカ対リーベルは、無事に行われるだろうか。     クラシコの中のクラシコということで“スーペルクラシコ”と呼ばれるこのカードが、同大会史上初めて決勝で実現することとなり、アルゼンチンは狂騒状態となった。 普通のニュース番組でも、この件に関することが連日トップを飾って...

メガ フィナル

コパ・リベルタドーレス準決勝の第2レグ。 ホームでの初戦を2-0としたボカは、パルメイラスと2-2で引き分けて決勝進出を果たした。 ホームゲームを0-1で落とし背水の陣となったリーベルは、グレミオに先制されながらも2-1で逆転勝利。 アウェイゴールシステムにより、奇跡的にファイナリストへとたどり着いた。     これで決勝戦はコパ・リベルタドーレス史上初となるボカ対リーベルのスーペルクラシコとなったが、実...

ボカ○ リーベル●

コパ・リベルタドーレスの準決勝が23日と24日に行われた。 先の試合がリーベル対グレミオで、翌日がボカ対パルメイラスのともにアルゼンチン対ブラジル対決。 会場は両試合ともブエノスアイレス。 アルゼンチン勢がともに勝ち上がれば決勝はボカ対リーベルのスーペルクラシコとなる。 1960年から行われている同大会だが、わりと最近まで決勝戦が同国対決にならないよう調整されていたため、ファイナルで両者が顔を合わせたことはな...

ユース五輪 日本の銀メダル

ブエノスアイレスで開催されていたユース五輪は18日に幕を閉じた。 日本勢は金メダル16個、銀メダル14個、銅メダル14個の大活躍。 しかし金が期待されていた卓球の張本と平野は、共に決勝で中国選手に敗れてしまった。      その決勝戦の前に行われた3位決定戦に出場したアメリカの選手は、ポイントを取るたびに「GO」と叫んで小さくガッツポーズをしながらコーチを見る。 コーチが背後にいれば、振り返ってコーチを見...

ユース五輪ブエノスアイレス2018

現在ブエノスアイレスでは、15歳から18歳のアスリートによって競われるユース五輪が開催されている。 206の国と地域から4000名以上が参加。 日本からも91名のヤングアスリートがメダルを目指してブエノスへやってきた。     開会式は6日に行われたが、これが五輪史上初となる画期的なものだった。 通常はメインスタジアムで行い高い入場料を払うことになるが、今回は街中で開催され誰でも只で観ることができた。 ...

大詰めのコパ・リベルタドーレス

コパ・リベルタドーレスが大詰めに差し掛かってきた。 まずはグループリーグから振り返ろう。 今回強かったのはグループHのパルメイラス。 5勝1分けの好成績で早々と1位抜けを決めた。 これにより割を喰ったのは同グループのボカ。 コロンビアのジュニオールとの2位争いは最終節までもつれ込み、かろうじてベスト16入りを果たした。     グループCではパラグアイのリベルタが躍進。 勝ち点13で1位となり、古豪...

ビーチサッカー

日本滞在中の9月1日、ホルヘが住む杉並区に区立永福体育館がオープンした。 同名の体育館は以前からあったが、老朽化のため閉館し、廃校となった小学校の敷地に移転した。 完全な新築ではなく、小学校の建物を生かすべきところは生かしている。     この体育館の目玉は、砂が敷き詰められたビーチコートがあること。 屋外施設で、ビーチバレーとビーチサッカーの公式試合が行えるようになっている。 真っ白な砂はオーストラリ...

ホルヘのトラベル術

40日間の一時帰国を終えて、9月18日にアルゼンチンへ出発した。 まずはタクシーで京王プラザホテルへ向かう。 成田や羽田行きのリムジンバスはあちらこちらで乗車することができるが、始発がホテルになっていることが多い。 基本的には宿泊者のためだが、ホテル利用者でなくともここから乗ることはできる。     ホルヘはいつも、カメラやパソコンを入れた機内持ち込みバッグ2個と、規定一杯の23キログラムの荷物を詰め込ん...

トラベラーズチェック

1980年代から90年代半ばまで、海外旅行の必需品といえばトラベラーズチェック(旅行小切手)だった。 知らない人のために説明すると、これは10ドル、20ドル、50ドル、100ドルなどの額面が印刷された小切手で、円相場の価格で購入する。 それぞれの小切手にはナンバーが記されている。 ドル以外にも、世界の主要通貨がある。     小切手には上段と下段に署名欄があり、購入者はすべての小切手の上段に署名する。 ...

ビンタの危機

スポーツ界で続出するパワハラに暴力問題。 長らく少年サッカークラブの監督を務めていたホルヘにも、身に覚えがある。 とはいえ、明らかな暴力として記憶しているのは1度のみ。 他の子どもに危険を及ぼしかねない行為をした選手の頬に、強いビンタを喰らわせた。 咄嗟にカッとなって叩いたため、手加減できず思わぬ力が入ってしまった。 唇から出血したのを見て、大いに慌てて「やりすぎた」と反省。 まだケータイのない時代だった...