『何を言うか』より『誰が言うか』 土屋 雅史 2021年1月28日 土屋雅史, 日本サッカー 自分が「恵まれているなあ」と思うことの1つに、Jリーグや大学、高校などで監督をされている様々な方々と、色々な形で交流を持たせてもらっていることがあります。いわば非常に近い位置で“リーダー”という立場の振る舞いを拝見させていただく機会があるのですが、どの方もそれぞれのやり方でチームを率いており、まさに『リーダー論~実践編~』を勉強させてもらっている感すらあります。 ある時、Jリーグで指揮を執っている監督の方が、何気ない雑談の中でこうおっしゃいました。「最近は『何を言うか』より、『誰が言うか』の方が大事かなと思ってるんだよね。もう言葉なんて、そんなに目新しいものばっかりは出てこないじゃない。そうなると、やっぱり誰かと同じことを言ったとしても、『この人に言われたから響く』とか『この人に言われたから意味がある』とか、そういうふうに思ってもらえるように、自分がならないとなあって」。ニュアンス的にはこういう趣旨だったように記憶しています。 これはまさに! 『誰が言うか』って本当に重要ですよね。同じ言葉でも全然響き方が変わってきたり、同じ言葉でも全然意味合いが変わってきたり。でも、正直その響かせ方や意味合いの持ち方にポジティブな影響をもたらせる“誰”かになることの方が、あるいは“何”かの言葉を考えるより、よっぽど難しいんじゃないかなとも思う訳です。つまり、説得力ってヤツですかね。 リーダーのことってみんな見てるじゃないですか。「どういうこと言うのかな」とか「どういうことするのかな」って。だから、期待以上のことをしてくれた時の喜びも大きければ、残念なことをされてしまった時の落胆もハンパないと。この振れ幅の中で、リーダーに対する評価が決まってきますよね。本当に大変な役割だと思います。 とはいえ、やっぱりそういう素質を持っている人は、言葉を響かせる“誰”かにちゃんとなっていくんですよね。周囲にその言葉が持つ意味を納得させるだけの、普段の行動を伴わせた上で。ある意味、この『普段の行動』を積み重ねていく以外に、言葉に重みを持たせる方法はないとも言えるでしょう。これが一番重要で、一番大変なことなのかなと。 簡単ではありません。無理して意識的にやろうとしても、きっとすぐにバレます。結局、その人の人間性が滲み出る『普段の行動』でしか、周囲に認めてもらう術はないのだろうと。リーダーってホント大変! 翻って我が家でも、奥さんの方が子供に響く言葉を多く持っている気がします。いや、響く言葉もそうだけど、そこも『普段の行動』がモノを言っているんですよね。サッカーばっかり見ている父と、家のことをしっかりやってくれる母と。いつからこの差が付いたのか… 今週末はいつも以上に家事もしようかなと。でも、アーセナル×ユナイテッドもあるし、レスター×リーズも見ておきたいし、ラツィオ×サッスオーロも視聴期限が迫ってるし…やっぱ家庭の中ですら言葉を響かせる“誰”かになる道は、まだまだ遠いなあ(笑) 写真は家にある“サッカー棚”の一部。こういう『片隅』が僕の日常を狂わせていくのです(笑) Tweet