毎年恒例の1か月禁酒が終了した。
 
これは、たしか30歳の時に受けた健康診断で肝機能数値が高かったため、
 
1か月酒を抜いて再検査したのが始まり。
 
検診では毎年異常値があるので、禁酒も毎年行うことになった。
 
はじめの2~3年は、寝つきが悪いという一種の禁断症状もあったが、その後は何の苦痛もない。
 
「吞みたい」という欲求も起こらない。
 
「このまま、酒を吞まずに生きていけるのでは」とすら思うが、やはり解禁日は待ち遠しい。
 
「あと何日で吞める」というゴールがあるからできることなのだろう。
 
 
 
禁酒中は、「解禁したら、週に1回は休肝日を作ろうかな」と考えるものの、
 
吞み始めるとそうはならず、毎晩吞んだくれてしまう。
 
覚せい剤で何度も捕まる芸能人を見て、
 
「刑務所では覚せい剤なしで耐えられたのに、何で出所したらやってしまうんだ」と
 
思っていたが、実はホルヘも同類ということだ。
 
 
 
禁酒の後は、必ず再検査をする。
 
これで数値がどれほど下がっているが楽しみで、禁酒のモチベーションにもなっている。
 
しかしここ数年、下がることは下がるものの、正常値まで戻らないものがあるようになった。
 
これも歳のせいだろう。
 
 
 
この前の日曜日、杉並リーグの試合があった。
 
54歳のホルヘが出る大会だが、シニアリーグではない。
 
バリバリの一般の部だ。
 
かつて指導していた少年チームのOBが中心のチームで、ホルヘは創立者であり監督でもある。
 
そのため、戦力には全くならないものの、10番を背負って先発でピッチに立つ。
 
そして、失点しなければ前半はプレーを続ける。
 
 
 
この試合は、準決勝進出がかかっていた。
 
引き分け以上でベスト4になるという、楽な条件だった。
 
しかし始まってみると、明らかに劣勢。
 
完全にボールを支配されている。
 
「これはヤバイ。失点したら命取りになる」と判断し、15分ほどで早々とベンチの若手と交替した。
 
これが功を奏し、先制後に追いつかれたものの1-1で終了。
 
創立者が素早く退くところは、大塚家具とえらい違いだ。
 
 
 
しかしホルヘは、今回の大塚家具の騒動は出来レースではないかと疑っている。
 
あれだけ報道されると、ものすごい宣伝効果となる。
 
両派が株を買い漁るのでは、との憶測から株価も上がっている。
 
頃合いを見計らって、「会長は高級路線部門を担当し、社長は大衆向けの新ブランドを立ち上げ、
 
会長もそれに全面協力する」、などと発表するのではないだろうか。
 
 
 
新ブランドを立ち上げるのに最も苦労するのが、知名度を高めることだ。
 
しかしそれを、宣伝費ゼロで報道が全国レベルで行ってくれる。
 
上がった株価はさらに上昇するだろう。
 
たとえ上がらなくても急落はない。
 
したがって騒動前より資金は潤沢となり、それを新ブランドにつぎ込める。
 
 
 
娘は元経営コンサルタントだったとか。これくらいの絵は描けるはずだ。


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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