リーベルが優勝したコパ・リベルタドーレス。
 
前回の優勝は1996年で、そのときもホルヘは取材に行っていた。
 
表彰式の後、観客がグラウンドへなだれ込み、記念品を得ようと選手に群がる。
 
エースのフランチェスコリは、優勝メダルを盗られてしまった。
 
もっともこれは、翌日返却されたそうだ。
 
ほとんどの選手が走ってロッカールームへ逃げる中、この試合を最後に移籍するクレスポが、
 
パンツ一丁でサポーターに肩車され、最後まで喜びを分かち合っていた姿が印象的だった。
 
 
 
今回も、決勝戦を最後にリーベルから去る選手がいた。
 
ウルグアイ人FWのモラだ。167センチメートルと小柄ながら、貴重なゴールを何度も決めて、
 
リーベル躍進の原動力となっていた。
 
サウジアラビアのアル・ナスルへの移籍が決まっており、
 
彼を讃えるためにスタンドからは「ウルグアイ」コールが起きていた。
 
しかしモラは後日、「クラブW杯にでたいから」と、残留を決めた。
 
 
 
リーベルはスルガ銀行チャンピオンシップに出場し、ガンバ大阪を3-0で破ったが、
 
大会前にホルヘはいくつかのメディアからリーベルを紹介する仕事を依頼された。
 
その中に、「注目選手3人を挙げてくれ」というものがあった。
 
実際のところ、今のリーベルには、世界レベルで注目するような選手はいない。
 
しかし、挙げろといわれれば挙げるしかない。
 
 
 
中盤のウルグアイ人サンチェスはすんなり決まったが、あと2名をどうするかで悩んだ。
 
結局、ポジション的にバランスよく、DFのマイダーナとFWのカベナーギを選んだ。
 
リーベルの2トップは、前述のモラとコロンビア代表のグティエレスだった。
 
グティエレスは7月にスポルティング・リスボンへ移籍したし、モラも日本へは行かない。
 
となると、この2トップが健在だったときは3番手のカベナーギだ。
 
復帰ばかりのサビオラは、知名度はあるが調子がイマイチ。
 
カベナーギは途中出場でも得点を稼いでおり、グティエレスが抜けてレギュラーになってからは、
 
1試合4ゴールというのもあり、リーグ戦の得点ランキングでは2位。
 
ベテランだが、相変わらず得点感覚は素晴らしい。
 
 
 
ところが決勝戦の後、突如引退を表明してしまった。
 
「最高のシーンで引退することが望みだった」という。
 
「日本に来てから引退すればいいじゃないか」と考える向きもあるだろうが、
 
彼らにとってコパ・リベルタドーレスとスルガ銀行チャンピオンシップは比較にならない。
 
「最高のシーン」というのはコパ・リベルタドーレス優勝であり、
 
その後に別の大会に出るのは、最高のシーンを汚すことになるとの考えだ。
 
 
 
12月にもクラブW杯で日本へ行くことが決まると、
 
クラブ首脳が「2回も行くのは馬鹿げている。スルガ銀行チャンピオンシップを12月に延期してもらう」と
 
本気で考えて実際にそれを依頼したほどなので、ガンバとの一戦は余禄程度にしか考えていなかった。
 
 
 
それでも今回は人気クラブのリーベルが参加するというので、
 
マスコミは例年になくスルガ銀行チャンピオンシップのことを取り上げていた。
 
そんな中で、アルゼンチン人の関心を最も集めたのは、
 
ガンバのチャントが「LA MARCHA PERONISTA」(ペロン党のマーチ)だということだった。
 
この曲は政党であるペロン党のテーマ曲で、当時のペロン大統領を讃える勇ましいもの。
 
政党の歌ではあるが、感じとしては軍歌に近い。
 
それを日本のクラブのサポーターが歌っているのだから、面白がるのは当然。
 
海外のクラブが、軍艦マーチをチャントにしているようなものだ。
 
 
 
ガンバは残念ながら完敗したが、サポーターにより、
 
「LA MARCHA PERONISTAのクラブ」としてアルゼンチンでの認知度は高まった。
 
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About The Author

ホルヘ三村

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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