浦和レッズの「JAPANESE ONLY」問題で世間は、「差別はけしからん」、
 
「無観客試合の処分は当然」という風潮になっている。
 
もちろん差別は許されないことだし、軽重が妥当かどうかは別とし処分もしかるべきだろう。
 
しかし、あまり過敏になってほしくない。
 
エクアドルにエル・ナシオナルというチームがある。ナシオナルは英語のナショナルと同じだ。
 
そして、バックには国軍がついている。
 
このチームの特徴は、選手がすべてエクアドル人だということ。
 
まさに、外国人お断りなのだ。これは、差別だろうか。
 
リーガ・エスパニョーラのアスレティック・ビルバオはバスク人のクラブで、
 
選手はバスク人とバスク地方出身者に限られている。
 
これも差別的といえるのだろうか。ホルヘは違うと思う。
 
これらは差別でなく、クラブのアイデンティティに対する「こだわり」だ。
 
 
 
屁理屈を承知で言うならば、エル・ナシオナルがけしからんのなら、外国人枠だって同じだ。
 
外国人枠が3人とすると、それが埋まった段階で「外国人お断り」になるではないか。
 
4人目からのお断りなら許されるという根拠はどこにあるのか。
 
Jリーグのアジア人枠だって、アジア人以外を差別しているといおうと思えばいえる。
 
FIFAは、いかなる人種、民族、国家間の差別を許さないとして戦っているが、
 
それなら国別対抗のW杯などやめてしまえ、ということになる。
 
世界中のリーグから外国人枠を撤廃し、クラブW杯だけを行えばいい。
 
重ねていうが、これは屁理屈である。
 
しかし本質や理由を知らずに表面だけを見てしまうと、こんな考えにもなりかねない。
 
社会人リーグには、高校のOBだけで構成されたチームや教員チームがある。
 
こうしたところの多くは、戦力が落ちても外部から補強せず、仲間うちの伝統にこだわって活動を続けている。
 
誰も、これを問題視しないだろう。
 
ビルバオだって同じだ。
 
たしかに排他的ではあるが秩序に則っており、差別とは異なるものだ。
 
こだわりをもつ組織は個性的でもあり、画一化された現代において、その存在は評価されるべきだろう。
 
 
 
こだわりがエスカレートして差別につながる可能性は否定しない。
 
しかし正当なこだわりは自由であり、サポーターだってこだわる権利はある。
 
仲間だけで集まって応援したり、自分たちが作って練習したスタイルを披露するなど、それぞれに思いがあっていい。
 
ホルヘが危惧するのは、今回の事件でサッカー界が過敏になり、
 
ミソもクソも一緒に断罪されてしまうのではないか、ということだ。
 
そうなると雰囲気はピリピリとしたものになり、気の利いたヤジや冗談も飛ばせなくなる。
 
何か言ったり横断幕を掲げたりすると、「それは差別だ」と突っ込まれそうで怖いではないか。
 
本人にそんな意図はまったくなくても、表現の一部を曲解されて入場禁止処分にされてしまうかもしれない。
 
今回の事件についてラジオで識者が、
 
「これはとんでもない差別だ。欧米でこんなことをしたら、その人は社会的に抹殺される」
 
というようなことをいって批判していた。
 
この人は他にも、差別がいかに悪であるかも力説していた。
 
しかし、「欧米ではこうだ」といういい方は、他の国を見下しバカにした差別ではないのか。と、
 
このように、イチャモンはいかようにもつけられるのだ。
 
 
 
誤解のなきよういっておくが、もちろん、ホルヘは今回の事件の当事者を擁護しているわけではない。
 
白人社会のアルゼンチンに住むマイノリティーだから、腹立たしい思いをしたことは何度もある。
 
被差別は身をもって経験している。
 
いいたいのは、今回のことで過剰反応を起こし、なんでもかんでも否定しないでほしいということだ。
 
 
140320Nacional
 
写真はエクアドルのエル・ナシオナルです。


About The Author

ホルヘ三村

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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