コパ・アメリカから7月7日の火曜日に戻って来た。
 
当初の予定では6日だったが、観光のため1日延ばした。
 
決勝トーナメントに入ると試合のない日があるため、その日を観光に充てることができる。
 
パラグアイ大会ではイグアスの滝、ペルー大会ではマチュピチュなどに行ってきた。
 
しかし今回は、取材パスの問題や原稿書きにより全日を空けることができず、観光はもっぱら市内。
 
そこで、1日延ばして海辺のビニャ・デル・マル行きのツアーに参加することにした。
 
 
 
まず宿に延泊が可能か確認し、そこはウェイティングにしておいて、アルゼンチン航空のオフィスへ向かった。
 
7日に空席があるというので、予約変更の違約金80ドルを払ってチケットを確保。
 
宿に戻って1泊分を払う。
 
そしてツアー会社へ申し込みに行った。
 
すると、月曜日にはビニャ・デル・マルのツアーはないとのこと。
 
訪れる博物館などが月曜は休館なので、ツアーも休み。
 
他の会社も同じだった。
 
アンデスやワイナリーのツアーならあるが、それはアルゼンチン側のメンドーサで体験しているので、
 
似たようなものに再び行く気にはならない。
 
結局、違約金と宿代をまるまる損するという間抜けなことになってしまった。
 
 
 
戻って2日後の7月9日は、アルゼンチンの独立記念日。
 
そしてこの日に、我々のサッカー仲間が日本対アルゼンチンを企画していた。
 
日本チームは、幹事役の日本語教師と大学の留学生にサッカー指導者の留学生、そしてホルヘ。
 
相手はパレルモ大学の学生たち。
 
試合前には両国の国歌を流した。
 
 
 
過去にも日韓戦などの国際試合(?)をやったことがあり、その場合、シャツは日本代表と同じく青を着ていた。
 
しかし、今回は赤だという。
 
実は12日の日曜日に日韓戦も組んでおり、金曜と土曜が雨だと青シャツの洗濯ができない、

という理由で赤にしたそうだ。
 
 
 
しかし、赤はチリの色。
 
つい先ごろコパ・アメリカの決勝でチリにやられたので、チリに対しては強い復讐心があるはず。
 
そんなときに、赤いシャツなど着ていいものだろうか。
 
赤=チリということで、激しいチャージをされるのではないかと心配になった。
 
 
 
それは全くの気宇に終わり、相手は非常に紳士的だった。
 
技術的にもたいしたことはなく、ホルヘですら2度の絶好機を得ることに成功。
 
DFの裏をついてゴール前に入り、フリーでグラウンダーのクロスに合わせた。
 
ゴールまで2メートルという至近距離。
 
しかし2回ともミートできずチャンスを逃した。
 
 
 
試合は先制されたものの、逆転で勝利。
 
ちなみに、日韓戦は延期になった。
 
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About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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