主審とボール ホルヘ三村 2016年3月3日 ホルヘ・ミム〜ラ, 日本サッカー オーストラリアに1-3で敗れた“なでしこ”。 2点目の失点は、日本のパスが主審に当たり、それがオーストラリアへの見事なパスとなったことが原因だった。 主審はライナー性の横パスを屈んでかわそうとしたが、それが背中に当たってオーストラリアへ渡ってしまった。 あのシーンを見た人は、主審に対して相当な不満を持ったことだろう。 しかしあれは、審判あるあるなのだ。 「最新サッカールールブック」(学研)という本を書いたホルヘは、自ら審判もする。 その経験からいうと、主審がボールに当たることは結構ある。 初心者から一歩進んだ初級レベルの主審は、「プレーを近くで見ろ」という教えを守るあまり、ボールに近づきすぎる。 その結果プレーに巻き込まれて、ショートパスが当たることが多い。 至近距離からのショートパスからは逃れようがなく、パスカットのようなことになって選手から恨まれる。 これはポジショニングのミスなので、主審に非があるといえるだろう。 逃れようがなくボールに当たってしまう他のケースとして、DFのクリアがある。 ペナルティエリア内で余裕のないDFは、必死でボールをクリアする。 そのボールは強く蹴られているので、エリア外にいる主審を直撃することがある。 このこぼれ球が攻撃側に渡ると、自分に非はないことはわかっていても、「ゴールにつながるな!」と祈る。 ルール上、審判員は石ころと同じ扱い。 主審に当たってボールのコースが変わっても、それに対する救済などはない。 しかし主審当事者は、自分に当たったことがスコアに影響すると目覚めが悪い。 今回のように、ライナー性のボールが向かってきて、身を低くしてかわすことはよくある。 そして主審の誰もが経験する「あるある」は、ボールの軌道が予想より低かったり、下降してきたりして慌てること。 腰を折る程度で充分だと思っていたら、それでも当たりそうになり、しゃがみこんだりする。 ホルヘは、地面に手をついて這いつくばったこともある。 「それなら、横に逃げればいいじゃないか」といわれるが、人間の習性として、最初に簡単にかわせると判断すると、 横に動くより手軽な方法であるかがむことを選択してしまう。 もっとも、ボールの軌道が予想より低くて慌てるというのは、中級クラスの審判まで。 審判員の指導では、「ボールが上がったら、落下点を見ろ」といわれる。 上がったボールを目で追ってはいけない。 瞬時に落下点を判断し、そこを注目しながら近寄る。 たとえばゴールキックやGKのパントキックの場合、蹴られたらすぐに落下点を読む。 「上がったボールは勝手に落ちてくる。それを見ている必要はない。大事なのは、落下点だ」と叩き込まれる。 落下点では、両チームの選手が前後に重なり、ポジション争いをしている。 そこでは引っ張ったり押したりの行為がボール到達の前からはじまっている。 そこで反則があるかどうかをジャッジするため、まずは両者を横から見られる位置へ急ぎ、そのあとで落下点へ近づく。 そして、もっとも反則が起きやすいジャンプしての競り合いの瞬間は、走らずに静止している。 走りながらだと頭が揺れ、視界もブレる。「ここ一番では、止まれ」というのが鉄則だ。 余談だが、大昔の日本シリーズ、ヤクルト対どこかの試合で、 ヤクルトの大矢がレフトスタンドのポール際に大飛球を放った。 デーゲームだったのでポール下に線審はおらず、打った瞬間に三塁の塁審がダッシュしてボールを追った。 その塁審が下した判定がホームランだったかファールだったか覚えていないが、とにかく誤審だった。 そう、彼は最後まで全力で走っていたのだ。 オーストラリア戦の主審は、上級も上級の国際審判員。 だからこそ、ボールに当たってしまった。 「上がったボールは見るな」といわれても、中級クラスだと、自分の方へ向かってくるボールは見てしまう。 しかし彼女は、素早くボールから目を切り、落下点を見ようと上体をひねっていた。 背中が日本ゴールの方へ向いており、ここに当たったことでゴール方向へ跳ねたのだ。 国際審判員であるほどの彼女がボールの軌道を見誤ったのは、風の影響によるものだろう。 テレビ画面からはわからなかったが、会場はかなり風が強かったという。 そして、見聞きした限りのマスコミは報じていなかったが、なでしこの敗因もこの強風にあるとホルヘは思っている。 中学時代、校内マラソン大会で敵なしだったホルヘも、風が吹くと動きが鈍った。 高校の体育の授業で行われたマラソンでも、無風なら並み居る運動部員を抑えて1位になれた。 しかしコースである鶴見川の土手は風が強く吹くことが多く、そうなるとたちまち失速した。 強風は、小柄な選手の大敵なのだ。大きい選手は風を受ける面積が多いものの、それを重さと馬力でカバーする。 高速道路で横風を受けてフラつくのは、3ナンバーの大型車より軽自動車だ。 競輪でも、先手を取ってトップを走る先行型の選手をみると、 風が強いときは小柄な選手はタレるが、大柄な選手は粘れる。 巨漢が多いオーストラリアは風の影響が少なかったのに対し、なでしこはスタミナを奪われ、 それが局面でのミスや後手につながったことは間違いない。 これを書いているのは、韓国戦の前。 今後の相手は体格に大差ないので、再び強風が吹いても両チームに平等だ。 初戦の1-3は大きなハンデだが、連勝して五輪出場権を獲得してもらいたい。 Tweet