オーストラリアに1-3で敗れた“なでしこ”。
 
2点目の失点は、日本のパスが主審に当たり、それがオーストラリアへの見事なパスとなったことが原因だった。
 
主審はライナー性の横パスを屈んでかわそうとしたが、それが背中に当たってオーストラリアへ渡ってしまった。
 
あのシーンを見た人は、主審に対して相当な不満を持ったことだろう。
 
しかしあれは、審判あるあるなのだ。
 
 
 
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「最新サッカールールブック」(学研)という本を書いたホルヘは、自ら審判もする。
 
その経験からいうと、主審がボールに当たることは結構ある。
 
初心者から一歩進んだ初級レベルの主審は、「プレーを近くで見ろ」という教えを守るあまり、ボールに近づきすぎる。
 
その結果プレーに巻き込まれて、ショートパスが当たることが多い。
 
至近距離からのショートパスからは逃れようがなく、パスカットのようなことになって選手から恨まれる。
 
これはポジショニングのミスなので、主審に非があるといえるだろう。
 
 
 
逃れようがなくボールに当たってしまう他のケースとして、DFのクリアがある。
 
ペナルティエリア内で余裕のないDFは、必死でボールをクリアする。
 
そのボールは強く蹴られているので、エリア外にいる主審を直撃することがある。
 
このこぼれ球が攻撃側に渡ると、自分に非はないことはわかっていても、「ゴールにつながるな!」と祈る。
 
 
 
ルール上、審判員は石ころと同じ扱い。
 
主審に当たってボールのコースが変わっても、それに対する救済などはない。
 
しかし主審当事者は、自分に当たったことがスコアに影響すると目覚めが悪い。
 
 
 
今回のように、ライナー性のボールが向かってきて、身を低くしてかわすことはよくある。
 
そして主審の誰もが経験する「あるある」は、ボールの軌道が予想より低かったり、下降してきたりして慌てること。
 
腰を折る程度で充分だと思っていたら、それでも当たりそうになり、しゃがみこんだりする。
 
ホルヘは、地面に手をついて這いつくばったこともある。
 
「それなら、横に逃げればいいじゃないか」といわれるが、人間の習性として、最初に簡単にかわせると判断すると、
 
横に動くより手軽な方法であるかがむことを選択してしまう。
 
 
 
もっとも、ボールの軌道が予想より低くて慌てるというのは、中級クラスの審判まで。
 
審判員の指導では、「ボールが上がったら、落下点を見ろ」といわれる。
 
上がったボールを目で追ってはいけない。
 
瞬時に落下点を判断し、そこを注目しながら近寄る。
 
たとえばゴールキックやGKのパントキックの場合、蹴られたらすぐに落下点を読む。
 
「上がったボールは勝手に落ちてくる。それを見ている必要はない。大事なのは、落下点だ」と叩き込まれる。
 
落下点では、両チームの選手が前後に重なり、ポジション争いをしている。
 
そこでは引っ張ったり押したりの行為がボール到達の前からはじまっている。
 
そこで反則があるかどうかをジャッジするため、まずは両者を横から見られる位置へ急ぎ、そのあとで落下点へ近づく。
 
そして、もっとも反則が起きやすいジャンプしての競り合いの瞬間は、走らずに静止している。
 
走りながらだと頭が揺れ、視界もブレる。「ここ一番では、止まれ」というのが鉄則だ。
 
 
 
余談だが、大昔の日本シリーズ、ヤクルト対どこかの試合で、
 
ヤクルトの大矢がレフトスタンドのポール際に大飛球を放った。
 
デーゲームだったのでポール下に線審はおらず、打った瞬間に三塁の塁審がダッシュしてボールを追った。
 
その塁審が下した判定がホームランだったかファールだったか覚えていないが、とにかく誤審だった。
 
そう、彼は最後まで全力で走っていたのだ。
 
 
 
オーストラリア戦の主審は、上級も上級の国際審判員。
 
だからこそ、ボールに当たってしまった。
 
「上がったボールは見るな」といわれても、中級クラスだと、自分の方へ向かってくるボールは見てしまう。
 
しかし彼女は、素早くボールから目を切り、落下点を見ようと上体をひねっていた。
 
背中が日本ゴールの方へ向いており、ここに当たったことでゴール方向へ跳ねたのだ。
 
 
 
国際審判員であるほどの彼女がボールの軌道を見誤ったのは、風の影響によるものだろう。
 
テレビ画面からはわからなかったが、会場はかなり風が強かったという。
 
そして、見聞きした限りのマスコミは報じていなかったが、なでしこの敗因もこの強風にあるとホルヘは思っている。
 
 
 
中学時代、校内マラソン大会で敵なしだったホルヘも、風が吹くと動きが鈍った。
 
高校の体育の授業で行われたマラソンでも、無風なら並み居る運動部員を抑えて1位になれた。
 
しかしコースである鶴見川の土手は風が強く吹くことが多く、そうなるとたちまち失速した。
 
強風は、小柄な選手の大敵なのだ。大きい選手は風を受ける面積が多いものの、それを重さと馬力でカバーする。
 
高速道路で横風を受けてフラつくのは、3ナンバーの大型車より軽自動車だ。
 
競輪でも、先手を取ってトップを走る先行型の選手をみると、
 
風が強いときは小柄な選手はタレるが、大柄な選手は粘れる。
 
 
 
巨漢が多いオーストラリアは風の影響が少なかったのに対し、なでしこはスタミナを奪われ、
 
それが局面でのミスや後手につながったことは間違いない。
 
 
 
これを書いているのは、韓国戦の前。
 
今後の相手は体格に大差ないので、再び強風が吹いても両チームに平等だ。
 
初戦の1-3は大きなハンデだが、連勝して五輪出場権を獲得してもらいたい。


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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