2015年5月22日。日立柏サッカー場。普段は柏レイソルがホームとして使用しているこのスタジアムは、おそらくJリーグ史上でも類を見ない最高の雰囲気に包まれていました。J2第14節のロアッソ熊本対水戸ホーリーホック。Jリーグの歴史上唯一“日立台が赤く染まった日”は、その日の会場に居合わせたすべての人にとって忘れ得ない1日になったはずです。
平成28年熊本地震の影響を受けて、チーム自体の活動も休止を余儀なくされたロアッソ熊本。5月15日にアウェイのフクダ電子アリーナで行われたジェフユナイテッド千葉戦で、Jリーグの舞台にこそ帰ってきたものの、ホームのうまかな・よかなスタジアムは依然として救援物資の中継地点として自衛隊の基地が置かれており、ゲームを行うような状況ではありません。そんな中で元々選手やスタッフの交流が活発だった縁もあって、ロアッソのホームゲーム扱いでホーリーホックとの一戦を“日立台”で行うという決断が下されました。
もちろん熊本からは遠く離れた関東でのホームゲーム。観客動員も未知数ではありますし、ゲーム運営自体にも様々な問題があったと思います。ただ、そこで露わになったのはサッカーファミリーの結束力。レイソルのクラブスタッフやいつものボランティアスタッフも総動員で当日の運営に携われば、流通経済大学のサッカー部は80人体制で日立台へ赴き、チケットのもぎりから募金の呼び掛け、ごみの片付け等々、大車輪の活躍ぶり。さらに「キャプテン翼」の高橋陽一先生、「GIANT KILLING」のツジトモ先生も会場に駆け付け、募金&サイン会を実施。いつも以上の賑わいを見せた日立台は試合前から活気に満ち溢れていました。
そして、サポーターの皆さんも連帯を色々な形で示します。カテゴリーが異なることもあって、なかなか日立台を訪れる機会のないロアッソサポーターやホーリーホックサポーターのために、柏駅から約100メートル間隔で交通案内のボードを掲げていたレイソルサポーターは言うに及ばず、“レイソルロード”で左右を見回してみると、私が確認できただけでも浦和レッズやサガン鳥栖、川崎フロンターレのグッズを身に付けながらスタジアムへ向かう人々の姿が。このゲームの意義を十分過ぎる程理解されている皆さんが、普段はまったく関わりのないであろうロアッソとホーリーホックの一戦を見届けるために、日立台へと馳せ参じた訳です。この光景を見ただけでも、「今日は凄いことになりそうだな」という予感はヒシヒシと伝わってきていました。
試合前も『ロアッソくん』やおなじみ『くまモン』に加えて、熊本城をモチーフにした熊本市のキャラクター『ひごまる』まで登場。その上、『熊本城おもてなし武将隊』から加藤清正、黒田官兵衛、小西行長まで現世に降臨し、“ロアッソくんサンバ”や“ひごまる音頭が披露されていきます。”そんな中で盛り上がりが最高潮に達したのは、熊本出身の“チータ”こと水前寺清子さんが歌った『三百六十五歩のマーチ』。実は水前寺さんは熊本の慰問に訪れた際にも、「今は歌う時期ではない」と歌声を封印していたとのこと。地震以降で熊本のために歌うのはこれが初めてということで、まさにこの日のためにあったかのような歌をピッチを周回しながら歌い上げると、ライブハウスと化した場内からは“チータ”“チータ”の大合唱。この瞬間ばかりは敵味方なく、スタジアム中に何とも表現できない一体感が充満し、最高の雰囲気の中でキックオフの時間を迎えたのです。
ゲーム自体はホーリーホックが0-1で勝利しましたが、試合前も試合後もホーリーホックサポーターが何回も「ロアッソ熊本」コールを送れば、そのたびにロアッソサポーターが「サンキュー水戸」と返答し、それにスタンド全体から拍手が巻き起こるなど、なかなか普段のJリーグでも見られないような光景が随所に散りばめられており、「この試合をスタジアムで目撃することができて幸せだったなあ」と私自身も今でも思い返してしまうような、そんな素敵な空間があの日の日立台にはありました。
やっぱりサッカーって最高ですよね。熊本ではまだまだ地震の影響に苦しむ人々が少なくないと思いますが、そういう方々に間接的にでもサッカーを通じて幸せな気持ちを送り届けられるように、私も微力ながら目の前にあるサッカーと真っすぐに向き合い続けていきたいと思っています。がまだせ熊本!