ホルヘが帰国中に居候している実家の冷蔵庫が、年明け早々に壊れた。
今年の正月は3月並みの気温だったこともあり、3日には雑煮用の鶏肉が臭い始めた。
メーカーの修理は5日まで休み。
満杯だった冷凍室の食材もすべて溶けてしまい、多くのものが無駄になった。
冷蔵庫が壊れただけで、肉や魚の買い置きができないなど、かなりの不便が生じた。
あって当然、機能して当然の家電が一つ故障しただけでこうなのだから、震災や水害による被害者はどれほど大変なのだろうかと改めて思った。
 
 
実は昨年11月にも、ホルヘにとって重要なものが壊れた。
撮影用の400ミリ、F2.8の望遠レンズだ。
F2.8のF値というのはレンズの明るさのことで、数字が小さいほど明るい。
南米のスタジアムは照明が暗いところが多いので、2.8というものが必要になる。
明るいレンズは口径を含め全体的に大型で、値段も張る。
ホルヘのレンズの定価は120万円(実際には約2割引きで購入)。
普通サッカーのカメラマンは、このクラスの望遠レンズと200ミリ程度までのズームレンズ、標準レンズ、カメラ2台、ストロボなどを持ち歩く。
定価での総額は約200万円だ。
 
 
ホルヘがブエノスアイレスにマンションを買ったのは2003年のこと。2001年の12月に経済が破たんし、1ドル=1ペソの固定相場も崩壊。
ペソは400%も下落し、銀行口座も凍結された。
このため物件所有者は現金を得るために売り急ぎ、不動産相場も値崩れを起こした。
ホルヘのマンションは国会議事堂まで徒歩20分で、2路線が通る地下鉄駅まで200メートル、バス停は目の前、高速道路入口まで400メートルという好立地。
築20年、40㎡の1LDKという物件の購入価格は、17,000ドル、当時のレートで約200万円だった。
撮影機材を持って取材に行くたびに、「マンション1件担いでいるのと同じだな」と思ったものだ。
 
 
カメラや他のレンズは買い替えたものの、400ミリのレンズはその当時からの長い相棒。
11月、そのレンズの前面を覆う保護ガラスに、ビシッと1本ヒビが入っているのに気が付いた。
周囲の金属が変形しているため、強い衝撃が加わったと考えられる。
しかし、まったく覚えがない。
落としたとか、ぶつけた記憶は一切ないのだ。
ヒビがそのまま写真に写りこむということはないのだが、それでも早く修理するに限る。
幸いなことに、ブエノスにはニコンセンターという修理も行う代理店があるので、早速そこへ持っていった。
 
 
担当者2名が電話を掛けまくりPCを叩き続けるのを待つこと30分、やっと修理代の見積もりが出た。
金額はジャスト1000ドル。
ヒビが入ったのは、レンズでなく保護ガラスだ。
ガラス1枚の交換に1000ドルは高い。
しかしそこらのガラス屋に切ってもらうわけではなく、純正品だから値が張るようだ。
「何日くらいで直る?」と聞くと、「まったくわからない。部品の納入状況次第だ。最短でも1か月は掛かるし、2か月、3か月になるかもしれない」という。
 
 
外貨不測のアルゼンチンは、ドルを消費しないようにクリスティーナ前大統領が厳しい輸入制限を行った。
マクリ大統領になって緩和されたものの、今でもかなり大変らしい。
日本に発注した部品がいつ届くか、予想できないというのだ。
クリスマス直前には日本へ戻るので、これなら日本で修理したほうがいい。
輸入にかかる費用と代理店の利益がなくなるのだから、修理代も安くなるはずだ。
 
 
そこで昨日、新宿のニコンサービスセンターに持って行ったところ、「もう部品がないので、修理できません」とのこと。
ガビーン。
それにしても、アルゼンチンの奴ら、また適当なこといいやがって。
在庫がない部品を、どうやって輸入するつもりだったんだ。
3か月どころか、一生待っても届かない。
  
 
冷蔵庫は直ったが、相棒は救えず。
同型レンズの今の定価は160万円。
リスクを承知でキズモノと付き合うのも一つの方法だが、はてさて、どうしたものか。


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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