長年患っていたイボ痔の手術を受けることになったホルヘだが、実は過去にも手術らしきものは経験している。
名医の評判高い井の頭通り肛門科で手術をすすめられながら、ビビったホルヘはその医院を敬遠するようになり、別の医院のお世話になっていた。
ちょうどその頃、ジオン注入式という治療法に保険が適用されるようになった。
これは患部に注射を打ち、薬剤によってイボを小さくするもの。
入院をせず、日帰り可能というメリットもある。
これは素晴らしい。
そこで、この治療法を受けることにした。
 
 
しかし治療を決めてから実際に受けるまでは、複雑な気分を味わうこととなった。
不快なうえ日常生活にしばしば不便をもたらしていたイボ痔ながら、出会いから30年近くになる長き付き合いなのだ。
悩みの元ではあるが、「馬鹿な子ほどかわいい」との言葉もあるように、苦労させられたぶん情が深くなり、なにやら分身か兄弟のように思えてしまう。
そのような存在を、自らの意思によって薬で消してしまおうというのだ。
先ごろ、北の偉い人が行ったことと同じではないか。
ということで、病から解放される期待と同時に、惜別の寂しさも感じていたのだ。
 
 
ジオン注入という治療により数週間でイボ痔は縮小し、ホルヘは忘れていた「健康な肛門」すなわち「健肛」を取り戻した。
とにかく気持ちがいい。
人間、健肛が一番である。
イボ痔への未練など、笑止の沙汰であった。
この治療法は、医師に言わせれば立派な手術。
事前の検査を行い、手術承諾書に署名・捺印もしたし、眠っている間に終わったので全身麻酔だったようだ。
しかし手術給付金を請求しようとしたら、生命保険会社の規定では、ジオン式は対象外とのこと。患部を切除する根治治療でないので、手術扱いにならないそうだ。医師からは事前に、「再発率は10%程度」と告げられていたが、くじ運の悪いほうなので、一割の確率を引き当てることはないと高をくくっていた。ところが2年ほどで再発してその後悪化し、「根治医療しかない」ということで今回の手術に至った。
 
 
若いころに自動車の自損事故で2泊したことはあるが、入院・手術というのは初体験。
手術の前日から入り、7泊8日を病室で過ごす。
PCのネット環境がないため、入院中は仕事ができないのが辛い。
入院の必需品に、「直径42センチ以上の洗面器」と書かれてある。
これがいかにも痔の入院らしい。
これにお湯を張ってお尻をつける、座浴をするためだ。
この大きさだと洗面器ではなくタライであろう。
シマホに行くと直径40センチと50センチのものを売っていた。
売り場で試したら、小柄なホルヘのお尻は40センチでもスッポリ入ったので、これを購入。
さらに、術後に寝ながら水分を摂るため「曲がるストロー」も持ってこいという。
ところが、探しても我が家にない。
そこで100円ショップで買ったのだが、1袋100本入り。
残った99本はどうしよう。
 
 
4人部屋の病室は、木目調のデザインで清潔なうえ十分な広さがある。
食事は食堂でいただく。
食事は病院食でなく普通の味付けで、看護師らも同じものを食べる。
そして、2階にはシャワー室がある。
普通にシャワーを浴びる以外に、1日4回、座浴を行う。
個室にはシャワーがあるので、ここを使うのは大部屋の患者。
延べ人数で1日20人以上が使う計算となる。
テレビショッピングなどで知っていたが、脱衣所に置かれている珪藻土バスマット(足ふきマット)が実に素晴らしい。
これだけの人数の足の水分を次々と吸い取って、いつでもサラサラなのだ。
 
 
下半身麻酔で行った手術は30分ほどで終了。
イボ2個を切除し、ひとつを焼いたという。
術後の写真を見せてもらったが、切り裂かれ焼かれ縫われたそれは、とても肛門とは思えない。
病室に戻りベッドで3袋の点滴を受け、仰向けのまま曲がるストローで1.5リットルの水分補給。
2時間後に看護師からオシッコを促されるが、全然尿意がない。
尿意がないので、トイレに行っても出ない。
10分ごとにチャレンジするが、どうしても出ない。
点滴と飲み物で大量の水分が体内に入っているため、膀胱はパンパン。
しかし下半身麻酔の影響で尿意スイッチが入らない。
やがてすごく苦しくなり、看護師がカテーテルでの導入を提案しはじめた。
これは非常に痛いと聞いていたので、なんとしても避けねばならない。
祈るような思いで、トイレで「シートット、シーットト」を繰り返すと、ついに出た。
そして、その量の多いこと。
約1分半という、おそらく人生最長の排尿だった。
この一件で膀胱が大きくなったのか、最近の頻尿傾向が改善した。
 
 
手術は無事終わったものの、術後が大変。
便秘予防の内服薬のせいか、肛門の形が変わったせいか、腸が神経過敏になったせいか、やたらと便が出る。
朝起きて1回、その後は朝昼晩と食べるたびに出る。
傷だらけの肛門を便が通ると激しくしみる。
それを癒すには、座浴しかない。
食べるたび、排便のたびにシャワー室へ駆け込む惨めさに、「またイボ痔になったとしても、二度と手術は受けまい」と思う。
この状況は、退院後の今も続いている。
したがって、怖くて外食ができない。
 
 
やがて排便は正常になり肛門の痛みもなくなるはずだが、術後には、このように辛いことが多い。
イボ痔の患者に伝えたいのは、初期のうちに薬で押さえろ、大きくなったらすぐにジオンを注入しろ、再発したら再ジオンで対応しろ、要根治手術まで悪化させるな、ということだ。
とにかく、切るのは最悪。
先手先手で健肛を維持してほしい。
 


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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