銀座の小学校の標準服を高級ブランドにする件が物議をかもしたが、アルゼンチンでもアルマーニ騒動が起きている。
もっともこちらは、ジョルジオ・アルマーニでなくフランコ・アルマーニ。
さらに洋服でなくゴールキーパー。
一体何のことかというと、「リーベルのGKアルマーニをロシアW杯メンバーに入れろ」という動きのことだ。
 
 
ほんの半年前まで、彼はアルゼンチンで無名の存在だった。
かといって新人ではなく、すでに31歳のベテランだ。
アルマーニは下部リーグのフェロカリル・オエステでプロデビューし、その後3部のデポルティーボ・メルロへ移籍。
1部リーグでのプレーを夢見ていたが声は掛からず、コロンビアのアトレティコ・ナシオナルに所属することとなった。
 
 
A・ナシオナルがアルゼンチンキャンプを行った際、D・メルロと練習試合を組んだ。
そこでの活躍が認められ、サブGKとしてオファーを受けた。
これが2010年6月のこと。
 
 
正GKの負傷で出場機会を得るも、正GKが復帰するとサブに戻ることを繰り返し、2014年からレギュラーの座をつかむ。
しかしそれでも34番という大きな番号を背負っていた。
 
 
そして16年には、A・ナシオナルがコパ・リベルタドーレス優勝という偉業を果たし、アルマーニはその年の南米ベストイレブンに選出された。
コパ・リベルタドーレスとコパ・スダメリカーナの国際大会では母国のチームを大いに苦しめ、クラブ首脳や監督たちから注目を集め始めた。
そしてついにリーベルが獲得に動き、今年1月から、念願のアルゼンチンのビッグクラブに所属することとなった。
 
 
すぐさま不動の守護神となったアルマーニに、サポーターはもちろんすべてのメディアが驚かされた。
誰もが、「うわ、やられた」と思うシーンで、彼がファインセーブを連発。
絶体絶命のピンチをことごとく防いでしまう。
リーベルでは20試合に出場し10失点と見事な数字を残しているが、多くの神がかり的セーブにより、アルマーニは記録よりも記憶に残る選手となった。
 
 
そこからメディアとリーベルサポーターが、「アルマーニを代表へ」と騒ぎ出したのだ。
アルゼンチン代表の正GKは長らくロメロが務めているが、所属のマンチェスター・ユナイテッドではサブに甘んじている。
つまり代表のGKは強化ポイントなのだ。
 
 
ラシンのコウデ監督は、「アルマーニは二度と見たくない」というし、サンロレンソのグディーニョは、「アルマーニが相手じゃ無理だ。モンスターだね」と、入るべきだったシュートを止められたチームの監督や選手が嘆く。
こうしたコメントはマスコミが積極的に取り上げ、アルマーニ熱はさらに高まった。
 
 
そしてついにサンパオリ監督が第1次メンバーの35人を発表し、その中にアルマーニも入っていた。
GKは4名が選ばれたので最終的には1名が落ちることになるが、サンパオリも選手経験のない経歴から代表監督へ登りつめた苦労人なので、アルマーニに対して特別な思いを持っている可能性はある。
 
 
10年前、アルマーニの代表入りを予言した者がいた。
それはD・メルロのデ・ラ・リバ監督。
「お前は将来代表のGKになる。今でもアルゼンチンで3本の指に入るGKだ。残念なのは、メルロにいることだ(下部リーグの小さなクラブに所属しているので注目されない)。しかし心配するな、時がたてば正しい場所へ導かれる」と語ったそうだ。
 
 
7年弱コロンビアにいたアルマーニは、FIFAが定めた期間である在住5年を過ぎたときにコロンビア国籍を取得している。
アルゼンチンの法律では、他国に帰化しても元の国籍は失わないので、彼は二重国籍を持っている。
 
 
コロンビア国籍を取ったのは、もちろんコロンビア代表入りを考えてのこと。
代表監督のペケルマンはアルゼンチン人。
ペケルマンがアルマーニを招集しなかったのは、いつの日か母国の代表GKなるであろうことを考慮したからかもしれない。
 


About The Author

ホルヘ三村

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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