先週はアルゼンチンに二つのチャンピオンが誕生した。
まずは5月30日。
大会はレコパで、コパ・リベルタドーレス王者のリーベルとコパ・スダメリカーナ覇者のアトレティコ・パラナエンセが対戦した。
ホームでの第1レグを1-0としたA・パラナエンセが逃げ切りを図ったが、64分にPKで失点。
1-1のまま延長突入かと思われた90分、プラットが左からのクロスに合わせてリーベルに値千金のゴールをもたらす。
A・パラナエンセはここから総攻撃をかけるも、94分にカウンターからとどめを刺された。
このタイトルにより、ガジャルド監督は「リーベルの最多優勝監督」となった。
ガジャルド以前はリーベルの名将といえばラモン・ディアスだった。
横浜マリノスに所属し、Jリーグの初代得点王となったラモン・ディアスだ。
1995年にマリノスを退団するとすぐに古巣リーベルの監督に就任。
95年から99年、2001年から02年、12年から14年と3期に渡って名門“ミジョス”を率いた。
そしてそれまでの最多勝監督ラブルーナを超える9回の優勝に導いた。
ガジャルドは14年に就任し、5年間で10個のタイトルを獲得。
平均すれば年に2回優勝という離れ業だ。
もっとも、ラモン・ディアス時代(特に第1期)と今ではいろいろと状況が違う。
以前は国内リーグが前期と後期に分かれていた。
ラモン・ディアスは国内リーグを6回制覇しているが、そのうちの5回がショートシーズン。
通年シーズンでの優勝は1回しかなく、短いリーグで荒稼ぎしたという印象がある。
しかし、以前は国内の大会はリーグのみでカップ戦は基本的になかった。
ガジャルドはコパ・アルヘンティーナを2度手中にしている。
またラモン・ディアスが1度制した、歴代のコパ・リベルタドーレス王者によって争われる国際大会スーペルコパも今はない。
ガジャルドは意外にもリーグ戦は1度も優勝しておらず、新設大会と国際大会での活躍が光る。
ホルヘからすると、ガジャルドは策士で、ラモン・ディアスは“もっている監督”だ。
彼の第1期にはフランチェスコリがいた。
このフランチェスコリはストライカーでもありゲームメーカーでもあり、とにかくチームの大黒柱だった。
しかも彼は、単にチームに欠かせない”選手“というレベルではなく、ピッチ上の監督といった存在。
当時のリーベルは、「監督がいなくてもフランチェスコリがいれば勝てる」とすらいわれていた。
その言葉通り、ラモン・ディアスはフランチェスコリを要した97年までの3年間で、リーグ戦3回、コパ・リベルタドーレス1回、スーペルコパ1回の優勝を果たしている。
ちなみにリーベルでの第3期を終えた彼は、パラグアイ代表、サウジのアル・ヒラル、アル・イティハドを経て、現在はエジプトのピラミッズFCの指揮を執っている。
さて、リーベルに次ぐもう一つのチャンピオンは、6月2日のコパ・スーペルリーガで誕生した。
この大会は今年創設されたもので、「スーペルリーガ」として体制を改めた1部リーグ所属チームによる大会。
スーペルリーガ終了後にスタートし、1位から6位まではシードされて2回戦から登場。
形式はトーナメントで、7位対26位(最下位)、8位対25位というようにタスキ掛けで対戦するトーナメント戦。
ホーム&アウェイ方式だが、決勝戦のみは中立地での一発勝負。
コルドバでの決勝に勝ち進んだのは、ボカとティグレ。
3日前にライバルのリーベルが優勝しているので、ボカは何としても負けられないところ。
ちなみにスーペルリーガはラシンが優勝し、ボカは3位でティグレが9位。
そして前々回お伝えした降格を決めるプロメディオスの順位では、ボカが1位でティグレは23位。
今季は4チームが降格となるので、ティグレは来季からの2部落ちが決まっている。
しかし、結果は何とティグレが2-0で勝利。
そしてコパ・リベルタドーレスへの出場権を獲得した。
しかし、この国際大会への出場がすんなり行くかどうかが不明だ。
スーペルリーガ側は、「大会規定でそのようになっているので問題ない」としているが、コパ・リベルタドーレスの主催はCONMEBOLだ。
前述したスーペルコパは、歴代のコパ・リベルタドーレス王者による大会だったが、アルヘンティノスが国内リーグで2部落ちすると、大会の格を保つために、「参加資格は1部所属クラブのみ」となってしまった。
2部所属クラブのコパ・リベルタドーレス出場はおそらく初めてのことなので観てみたいが、CONMEBOLがそれを阻止するかもしれない。