8月11日の日曜日に、アルゼンチンで大統領予備選挙の投票が行われた。
本選挙は10月だが、この予備選で有力候補者に絞られる。
獲得票数が総投票数の1.5%に満たないと本選挙へ進めないのだ。
とはいえ、実質的な争いは現職のマクリと前職のクリスティーナ派に絞られていた。
 
 
アルゼンチンは2001年末に経済が破綻。
その後、2003年にキルチネルが大統領に就任し、なかなかの手腕で表面的には国内経済を活性化させた。
その当時は、毎月のように街中を走る新車が増え、あちらこちらで新築工事が行われていた。
 
 
アルゼンチンの大統領任期は4年で、連続しての3選は憲法で禁じられている。
キルチネルは2007年の再選にあたり立候補せず、国会議員である妻のクリスティーナに後継を委ねた。
これは、夫婦で交互に就任すれば禁止されている連続3選とならずに長期政権を維持できるという作戦からだった。
ちなみにアルゼンチンでは結婚しても性は変わらず、クリスティーナの性はフェルナンデス。
 
 
実績を残したキルチネル人気と初の女性大統領を待望するムードにより、クリスティーナは圧勝で大統領となる。
しかし実際の舵取りはキルチネルで、傀儡政権という指摘は多かった。
そんな中、2010年にキルチネルが急死。
しかし翌年の選挙は同情票も多く再選を果たす。
 
 
1940年代のペロン大統領夫人エビータは、貧しい人たちの味方だったとして今でも国内で非常に人気が高い。
マドンナが演じた映画にもなり、国民の誇りでもある。
後ろ盾を失ったクリスティーナは、自らとエビータを重ねるようなパフォーマンスに頼り始める。
そして、行き着くところはバラマキ政策だった。
また統計局に介入してインフレ率を隠蔽したり、国債の還付金問題の対応も誤り、国際的金融市場からの信用を失った。
 
 
15年の選挙に彼女は党内の有力者を後任として立てたが、マクリの前に敗れた。
マクリは実業家で、ボカの会長、ブエノスアイレス市市長を務めた。
経済に対してオープン主義を唱えていた彼が大統領になれば、インフレになることはわかっていた。
しかしそれは、都合の悪いことを隠蔽せず明らかにした結果だ。
そして欠点や弱点を修正すれば、やがて経済は立ち直ると考えられていた。
しかし、インフレはいつまでたっても収まらない。
しかも、全人口における貧困層の割合が約3割に達したともいわれている。
 
 
こうした状況の中、またしても大統領選挙となった。
マクリが大統領に就任後、政敵のクリスティーナは収賄やマネーロンダリングなどいくつもの罪状で起訴されている。
このままでは有罪は免れない。
助かるためには、選挙で勝って政権に返り咲き、裁判官を変えるなど司法にプレッシャーをかけるしかない。
それだけに必死だ。
 
 
大統領選挙の立候補は、大統領と副大統領でワンセット。
被告人であるクリスティーナは、批判をかわすためか、今回は大統領でなく副大統領での立候補。
盟友アルベルト・フェルナンデスを大統領候補とし、ダブル・フェルナンデスを結成した。
そして結果は、47.66%もの票を得て32.08%のマクリに圧勝。
 
 
すると翌日から株価と通貨ペソが大暴落。
ペソは1ドル=43~5ペソで推移していたものが一時60ペソを超え、株価も30%以上ダウン。
少し前にトランプが中国への追加関税を発表したときに世界中の株価が大きく値を下げ騒ぎになったが、そのときの最も下げ幅の大きかった国でも2%台だった。
30%の下落というのは常軌を逸している。
 
 
これは、クリスティーナ派が国際社会から全く信用されていないことの表れだ。
IMFなどの国際金融機関は、経済政策に苦しみながら数字には正直だったマクリには協力してもクリスティーナは相手にしない。
それがわかっているので、国際金融市場が敏感に反応した。
JPモルガンのカントリーリスク指数も1800を超えた。
もし本選挙でも同じ結果になれば、世界の投資家はアルゼンチンを見捨てるだろう。
となれば、ベネズエラと同じ道を歩むことになるかもしれない。
 
 
マクリはただちに所得税減税、賃金引上げ、ガソリン価格の凍結など9項目の生活支援策を発表したが、それでもペソ安は止まらず。
その後、主要食料品の消費税免除も打ち出し、この大混乱に対応している。
ちなみにアルゼンチンの消費税は、野菜など一部の食料品は10.1%でその他は21%と高いので免税は効果的だ。
しかし、この救済策のため国庫は大きなダメージを受けることとなる。
 
 
日本ではたとえ自民党が過半数を割ろうが政権交代があろうが、国民生活にこれほどの変化は起こらない。
安定した国に住んでいるということは、それはそれで幸せなのかもしれない。


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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