オスカル・ラウドニオ、通称”カチョ“というボカの名物オヤジがいる。
元プロボクサーで、本職はボカ内にあるボクシングジムのトレーナー。
そして2軍以下のサッカーチームの練習にも顔を出し、用具係のような仕事をボランティアで手伝う。
さらにトップの試合では、ボールボーイのボスとなってユースの選手を仕切る。
しかし彼にはこれらのような裏方と違うもう一つの顔があり、それによって名物オヤジとして有名になった。
 
 
ホームのボンボネーラで試合開始20分ほど前になると、ボカカラーの派手な衣装を着けたカチョが、大きなフラッグをもってピッチに登場する。
そしてまずはスタンドに向かってフラッグを振りながらピッチを1周。
やがて選手の入場時間が近づくと、地下通路からピッチへと続く選手の入場口の前に立つ。
これが観客への「まもなく選手入場」の合図となりスタンドはヒートアップ。
そしてカチョは入場口の中を窺って選手のスタンバイOKを確認すると、フラッグを大きく振って観客を煽り、スタジアムは「ボカ ミ ブエン アミーゴ・・・」という入場チャントに包まれる。
この模様は、彼のドキュメンタリー映像である下記サイトの14分30秒ころで観ることができる。

 

 
 
かなり前になるが、ホルヘはカチョを取材したことがある。
そのとき彼が力説していたのは、「試合で最も美しく感動的なのは、選手が入場するときだ」ということだ。
そして、「入場の瞬間は、試合に挑む選手と彼らを迎えるサポーターの熱気が一つになる。オレがフラッグを振って観客を煽るのは、その熱気を最高潮に導くためだ」と語っていた。
この取材は2000年のことで、ボカがトヨタカップでレアルマドリードと戦う1か月ほど前だった。
カチョはもちろん日本へ同行していつものパフォーマンスをしたかったのだが、正式なスタッフでない彼は遠征メンバーの中に入れなかった。
そこで、ホルヘに「何か方法はないか」と相談してきた。
「なんでもやる」というので、「じゃあ、アルゼンチンのトヨタへ行って交渉してこい。選手入場の際にトヨタのフラッグも振るといえば、旅費と滞在費を出してくれるかもしれない」との浅知恵を授けた。
結局、彼はトヨタに頼らず日本へ来ることはできたが、FIFA主催で日本が仕切るお堅い大会だったため、ピッチに入ることすら不可能だった。
 
 
この、「ボカ一筋」、「ボカ命」であるカチョが、昨年クラブから追放された。
クラブ内でケータイを盗んだというのだ。
一説によると、少年会員が置き忘れていたケータイを持ち去ったということだが、日本と違い、「拾ったものは自分のもの」というお国柄だけに、追放処分は厳しすぎるという意見が多かったようだ。
しかしボクシングジムのトレーナーの座は剥奪され、ボンボネーラのピッチにも入れなくなってしまった。
 
 
しかし、それでもカチョはフラッグを振っている。
選手入場口前のスタンドで、以前のようなパフォーマンスを行っているのだ。
とはいえ派手な衣装は普段着となり、その動きは大幅に制御されている。
入場口前のスタンドは高いアクリルボードでピッチと隔たれている。
たとえ最前列にいても、大勢の観客の中に混じってしまっては目立たない。
そこで、アクリルボードから乗り出すような高いポジションを取りたい。
それを可能にしてくれるのが周囲の観客の助けだ。
カチョは観客の肩を借りてその上に立つ。
これで腰から上がアクリルボードの上に出る。
しかしボードの最上部には、ピッチ内への侵入を妨げるための先の尖った金属が放射状に設置してある。
不安定な肩の上に立ちフラッグを振るとバランスを保つのが難しく、本当ならばアクリルボードを支えにしたい。
しかしそうすると、金属が腹部に刺さる。
それを救うのが、ピッチ内にいるボカのスタッフ。
元同僚がカチョの悪戦苦闘を見て、「これを使え」とビニールを丸めたようなものを渡す。
それを腹部とボードの間に入れれば、金属が刺さる事態から逃れられる。
 


 
このように追放された後もカチョは、サポーターやスタッフに愛され助けられながら旗を振り続けているのだ。
12月8日に会長選挙が行われるボカ。
新たに選ばれた会長は、新会長就任の恩赦としてカチョを復権させてもらいたい。


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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