まず大前提として断っておくべきことは、岩政大樹という人は「柔らかい」ということです。
まあ、現役時代の闘志あふれるプレースタイル然り、解説でのロジカルな語り口然り、さらに名字に“岩”が付いているくらいですから(笑)、「硬い」人というイメージがあるのはもちろんわかるのですが、結構この人は「柔らかい」んですよ。
この前提があってこそ、今回の著書『FootBall PRINCIPLES』を読み解く意義が出てくるのかなと、個人的には思っています。

この本の最大の特徴は、いわゆるサッカーの“言語化”にとにかく長けた岩政さんが、散々サッカーを丁寧に“言語化”していった上で、「サッカーは“言語化”し過ぎない方がいい」という結論に行きついているところです。
ネタバレ、ごめんなさい(笑)。
もちろん、ただ「“言語化”し過ぎない方がいい」と言っているわけではありません。
サッカーの原則を押さえた上で、その絶対的なベースの中から、チームに必要な、あるいは選手に必要な言葉を選んで使いましょうと。
これは非常に説得力があると感じました。

以前、前職のJ SPORTSで番組にご出演戴いた際に、岩政さんがおっしゃった印象的なフレーズがありました。
その収録は日本代表戦を分析してもらうというテーマの放送回だったのですが、話が守備時にボールを取りに行くタイミングの話になると、「取り所(とりどころ)」という言葉のイメージについて言及されます。
曰く「取り所=とりどころ、という言葉を聞くと、あたかもボールを取りに行く“場所”のことを考えてしまう。
本来であれば、ボールを取りに行くのは“場所”ではなく、“タイミング”なんだ」と。

そこで岩政さんが繰り出してきたフレーズが「取りミング」です。
「ボールを取りに行くタイミング=取りミングだ」と。
かわいいワンちゃんを飼っているマダムなら想像できますが、なかなか岩政大樹からは出て来なそうなフレーズでしょう(笑)。
でも、わかりやすいし、面白いですよね。

これはある意味で岩政さんのサッカー観を現す、象徴的なエピソードなんじゃないかなと思っています。
サッカー選手に多くのものを提示しても、実はなかなかそれらをちゃんと理解して、実行するのは難しいと。
それなら、印象に残る言葉やフレーズを、的確なタイミングで、的確な人に、コンパクトに伝えることが、一番大事なんじゃないかと。
サッカーを思考して、思考して、辿り着いた境地にいる人の「生きた考え方」だなあと。

たとえば、高校生の試合を取材していると、かなり年配の名指導者と呼ばれるような監督から、「そこに立っとけ!」とか「その間にいればいいだろ」というような指示を聞くことは、かなり前からありました。
今から考えると、たとえば“そこ”は「ハーフスペース」であり、たとえば“その間”は「ライン間」であったりするわけです。
監督たちはその感覚を理解しており、選手たちも何となくその感覚を共有している。
これはこれで、そのチームにおけるサッカーの共通語が成立しています。

こういう感覚をしっかり養うために知っておくべき、いわゆるサッカーの原則的なお話が最初の6割ぐらいで詳細に紐解かれており、とりわけサッカーにおける“9つの原則”をご紹介している部分は、おそらく指導をする上でも、サッカーを映像で見る上でも、非常にためになるものだと思います。

また、本書の中では様々な方との対談や鼎談が収録されています。中でも白眉は鹿島アントラーズ時代のチームメイトでもある本山雅志と野沢拓也という、2人の天才との語り合い。
これがとにかく面白い!野沢拓也の天才(変態!)っぷりが余すところなく出ている上に、本山雅志の類稀なる感覚で理論だったプレーを成立させてしまうスタイルも紐解かれており、“司会者”が良い感じで翻弄されながら、話をまとめていく流れが秀逸です。
その会話を読んでいても、やっぱり岩政さんは「柔らかい」人だということが、何となくわかるんじゃないでしょうか。

岩政さんは結構会話の中で笑う人なんですよ。これって実は重要で、会話で笑うということは、ちゃんと他の人の話を聞いているということじゃないですか。
ごく稀に1人で喋って、1人で笑っている人もいますけど(笑)、岩政さんは一方的に話すタイプじゃないんですよね。
そういうキャラクターだからこそ、いろいろな方との関わりの中で、自分の考え方をブラッシュアップさせていったことも、多角的なものの見方に繋がっているのかなあと、僕は勝手に考えています。

論文的な要素もあり、教科書的な要素もあり、読み物的な要素もあり。
たぶん何回読んでも、また新たな発見がありそうな1冊。
「ロベルト・バッジョ」と「CHAGE&ASKA」と「娘と遊ぶこと」と同じくらい、「サッカーを探求すること」に飽きが来ないという岩政さんのサッカー観が詰まった『FootBall PRINCIPLES』。
シンプルに面白いです。