ふとカレンダーを見ると3月もあと数日。
 
訪れるのは4月、桜の季節。
 
待ち受けるステージはそれぞれ異なれども、多くの人が新たな一歩を踏み出す時期ですね。
 
私はワールドカップイヤーの春がやって来ると、個人的にいつも思い出すことがあります。
 
 
 
私は大学に5年間通っています。
 
3年時には卒業のメドも付いていたのですが、親に無理を聞いてもらって、
 
いわゆる“自主留年”というのをすることになりました。
 
理由は1つだけ。
 
「ワールドカップを生で見たかったから!」です。
 
 
 
2002年、日韓ワールドカップ。
 
日本中が熱狂に包まれたあの年。
 
サッカーに携わる仕事を志していた私にとって、
 
「あの世界的な祭典を自分の目で見る」ということは
 
今後の自分自身の指針を改めて再確認するためにも
 
絶対に必要な過程であると確信していました。
 
それ故に社会人になっては自由が利かないと考え、
 
留年して来たるワールドカップイヤーを
 
学生として過ごそうと決意したのです。
 
それを許してくれた両親も今から考えれば
 
相当寛容ですよね(笑) 本当に感謝しています。
 
 
 
迎えた2002年。
 
3ヶ月の4年生を終え、本来は存在しない新学年へ“進級”しても、
 
私の元に吉報は1つも届きませんでした。
 
サッカーに関わる企業を受け続け、落ち続け、
 
ただただ時間ばかりが経過し、
 
焦りばかりが募っていく毎日でした。
 
「他業種も受けた方がいいのではないか?」という考えが
 
頭をよぎった事も間違いなくあったと記憶しています。
 
そんな中、とうとう6月5日がやって来ました。
 
日本がベルギーと引き分け、ワールドカップ史上初の勝ち点を獲得した
 
余韻に列島中が包まれた翌日、私は神戸の地に降り立っていました。
 
ロシア対チュニジア。
 
当時の神戸ウイングスタジアム、
 
今はノエビアスタジアム神戸と名前を変えた港町の球技場で
 
私の“デビュー”は実現したのです。
 
 
 
初めて体験した空間は予想を遥かに超えていました。
 
偶然とはいえ、周囲をチュニジア人に囲まれていた
 
観戦環境も恵まれていたと思います。
 
とにかく楽しかった!
 
土屋家の4人も気付けばチュニジアサポーターが奏でる
 
不可思議なチャントに魅了され、
 
思わず全員が手拍子でチュニジアを応援していたのです。
 
それまでの人生において一度たりとも接点のなかったチュニジアを。
 
 
 
十分でした。
 
自分自身の指針を改めて再確認するには。
 
その6ヵ月後、私は第一志望だった現在の会社から内定をもらい、
 
以降11年に渡ってサッカーの仕事に携わり続けています。
 
 
 
きっと今年のワールドカップに向けて
 
人生の大きな決断を下した方は少なくないと思います。
 
ひょっとすると私と同じように、
 
大学を留年してまでブラジルへ行こうとしている方もいるかもしれません。
 
あるいは、それこそ留年どころの騒ぎではなく、
 
周囲から呆れられるような行動を予定している方もきっといることでしょう。
 
無責任なようですが、私はそれでいいと思います。
 
私はそんな方たちを支持します。
 
ワールドカップの“体験”は、
 
きっとその後の人生にとって絶対に大きな影響を与えてくれます。
 
しかも間違いなくプラスの。
 
何て言ったって今回の開催地は『サッカー王国』なんですから!
 
 
 
無謀を愛する同志たちにも、
 
私にとっての“チュニジア”が見つかることを強く願っています。
 
 
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写真は旧・神戸ウイングスタジアムのピッチです。


About The Author

土屋 雅史

サッカー界のオモシロご長寿番組「Foot!」でディレクターを務めた後、制作部プロデューサーへ(昇進か?)。 国内外問わずのサッカー全般に関する知識はハンパなく、gol.界隈では「博士」の称号を得ている知識人。 スタジアムから土のグラウンドのピッチ横までジャンルを問わないサッカー観戦と、テレビ前でのサッカーウォッチングツアーはお勤めの会社への忠誠心だけではないはず! そこにはサッカーへのLOVEがある!溢れる知識と独自のサッカー観であなたの「観るサッカー」に彩りをそえちゃいます!

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