アルゼンチン対スイスをPVで観戦してきた。
 
場所はレティーロ駅を見下ろす高台にあるサンマルティン広場。
 
サンマルティンとは独立戦争の英雄で、どこの街にも、といっていいほど、彼の名前が冠せられた道や公園がある。
 
アルゼンチンで普及しているカーナビの多くは、目的地の正確な住所を入力しないと作動しないらしい。
 
そこで知らない街や市に行く場合は、「○○市、サンマルティン100番」と入れれば、
 
だいたいどこにでも行けるという。
 
 
 
PV会場は広場の中の芝の斜面。特大画面が一番低いところに設置されている。
 
入場は無料だが会場への入場ゲートがあり、スタジアムの試合同様、ここで持ち物チェックが行われている。
 
さらに、ヘルメットなど重装備を装着した警官隊も配備されていた。
 
 
 
キックオフは現地時間の午後1時。国歌が流れると、皆で「オー、オー」の合唱となった。
 
アルゼンチン国歌は非常に長く、W杯で流されるのは前奏部分。
 
歌詞がないので、曲に合わせて「オー、オー」と歌う。
 
画面にペレが映ると、一斉にブーイング。
 
集団で観戦することで連帯感が高まるようだ。
 
 
 
日本の試合をここで観戦したという日本人がいたので、どうやらここはアルゼンチンの試合だけでなく、
 
すべてのゲームを放映しているようだ。
 
日本戦の時は、日本人や日系人が多数集まったという。
 
他の国の人たちもそうなのだろう。
 
異国で、同胞たちが一緒になって祖国の代表を応援する。
 
こういった場所を提供するブエノスアイレス市は素晴らしい。
 
 
 
試合前から高台のほうは人で埋め尽くされており、ホルヘは下の方で観ていた。
 
しかし試合開始後も入場者は増え、それがみんな下へ降りてくる。
 
人の頭が邪魔で非常に観づらくなったので、前半終了と同時に会場を出た。
 
後半は街の中のテレビで観戦することにしたのだ。
 
 
 
街中は予想通り閑散としていた。
 
ショッピング街のフロリダ通りも、普段の10分の1くらいしか人がいない。
 
アルゼンチンが敗れた後に暴動が起こることを恐れてか、中に店員はいるのに、
 
シャッターや鉄扉を下している店もある。
 
ホルヘがショーウィンドーのテレビで観戦した家電量販店も、入り口は固く閉ざされていた。
 
 
 
後半が終わるとまた場所を移動。
 
今度は国会議事堂へ通じるアベニーダ・デ・マジョ沿いの店先にした。
 
ここもオフィスが多い地域だが、人はほとんど歩いていない。
 
半ばマヒ状態となった街で、人々は固唾をのんで実況に見入っているのだろう。
 
決勝ゴールが決まったときは、「ゴール」とも「オオオオー」とも聞こえる絶叫と車のクラクションが溢れ、
 
空気が揺れる感じがしたほどだった。
 
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About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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