朝、呼び鈴のブザーが鳴った。
 
マンション1階の玄関ではなく、部屋のドアのブザーだった。
 
マンションの管理会社の者だという。
 
要件を尋ねると、外壁塗装の作業をホルヘの部屋からやらせてほしい、とのことだった。
 
ここ数日、屋上からロープをたらし、それにぶら下がりながら何かをしているのは知っていた。
 
建物の他の壁は終わり、残るは1面なのだが、屋上からはできないという。
 
 
 
ホルヘの部屋は最上階。
 
そしてルーフバルコニーがある。
 
それが、屋上からの作業の邪魔になるのだ。
 
マンションがきれいになることなので快諾した。
 
しかし非常識だと思うのは、そのとき一緒に作業員もいて、「じゃあ、30分後に始めます」といったことだ。
 
 
 
普通、住民の部屋を利用するなら、前もって依頼して、「では○○日の○時に来るので、よろしくお願いします」だろう。
 
それが当日来て、すぐに作業を始めるのだ。
 
礼儀云々より、ホルヘがいなかったり断った場合のことを何も考えていないことに驚く。
 
 
 
彼らが一度帰った後、物置状態になっているバルコニーの整頓にかかった。
 
そこでフト思ったのは、ロープをどこに縛るのか、ということだ。
 
屋上には頑丈な柱のようなものがあり、これまではそこに縛っていたのだろう。
 
しかしバルコニーで太いロープを固定できそうなものは、流し場の排水パイプくらいしかない。
 
しかし、強度が不安だ。
 
 
 
やがて作業員2名が、道具を抱えてやってきた。
 
最初に持ち込んだのは、塗料の容器であるバケツ状のものにコンクリートを流し込んで固めたもの。
 
それがオモリなのだという。
 
柱とかパイプといった固定物にロープを縛るのではなく、このオモリが作業員の命綱の元なのだ。
 
 
 
頑丈で絶対に壊れない固定物に縛ったとしても、高所恐怖症のホルヘには、建物の外側にぶら下がるなどできない。
 
それなのに、片手で持てるバケツに命を預けるとは。とても信じられない。
 
 
 
バケツの重さを尋ねると、30キロだという。
 
「あんたの体重は」と訊くと、「67~8キロかな」との答え。
 
気が狂ったとしか思えない。
 
てこの原理とかで、理論上は大丈夫なのかもしれない。
 
しかし、67~8キロの人間が、30キロのものに命を託すなんて、狂気の沙汰だ。
 
 
 
ロープでぶら下がるのは1人で、アシスタントはバルコニーに残る。
 
そのアシスタントも、オモリの上に乗って補強するようなことはしていない。
 
それどころか、外に用事があるといって、何度か部屋を出ていった。
 
 
 
ホルヘは高いところが怖いが、お化けも怖い。
 
もし作業員が転落死したら、現場となった部屋に夜な夜な化けて出るのではないかと気が気ではなく、
 
ひたすら作業の無事を祈念したのだった。
 
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About The Author

ホルヘ三村

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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