ASESINO ホルヘ三村 2017年3月30日 アルゼンチン, ウルグアイ, ホルヘ・ミム〜ラ 3月21日にブエノスアイレスに着き、22日にウルグアイのモンテビデオへ出発。 23日のウルグアイ対ブラジルを取材して、翌日に戻ってきた。 試合はブラジルが4-1で圧勝。 ハットトリックのパウリーニョもかすむほど、ネイマールの存在感がすごかった。 さて、ブエノスに戻ると知り合いから、「日本人の殺人犯がブエノスで逮捕されたって、ニュースでやっていた」とのメールがあった。 ネットで調べ、「やっぱり、こいつか」と思った。 たしか2011年だったと思う。 ブエノスに日本人が経営するバックパッカー向けの安宿がある。 全面改装するにあたり、一度閉鎖して宿泊客に出てもらうこととなった。 その際、通称「ナイトさん」という男が、133日分の宿泊代を踏み倒して逃げた。 130日といえば4か月以上だ。 宿代をこれほど溜めることができるのも不思議だが、それはさておき、この事件が「らぷらた報知」という日系紙に載った。 同様の被害が起きないようにと、ブラジルの日系紙でも犯人の詳細を伝えて注意を喚起。 さらに、男は神奈川県警から窃盗だか詐欺だかで手配されており、外務省からパスポート返還命令が出ているとの続報も流れた。 返還命令の期日を過ぎるとパスポートは無効となり、合法的に国境を越えることはできない。 この事件より前、ホルヘはナイトさんと会っている。 バビーフットボールをしたとき、件の安宿に泊まっていた日本人旅行者が参加し、連れとして見学にきていたのだ。 あいさつ程度で特に話はしなかったが、髪型が独特なので記憶に残った。 その翌年、ブエノスについてすぐ、知り合いの日本料理屋を訪れた。 亡くなった大将はホルヘのアミーゴだったので、今でも必ず日本土産を届けている。 厨房を見ると、彼が働いている。 しかしそのときは時差ボケの影響か、「どこかで見た人だな」と思いながら、ナイトさんだと気づかなかった。 海外の日本料理屋には、バックパッカーの人たちが、「働かせてください」といって来ることがよくある。 この店でも、過去に何人かの日本人旅行者がバイトしている。 翌日になって彼がナイトさんだと思い出し、店の女将に知らせた。 ところが前日の仕事終わりに、「辞めます」といって出て行ったという。 むこうもホルヘのことを覚えていて、「まずい」と思って逃げたのだろう。 その後は、彼が路上生活をしているという情報を何度か耳にした。 そして、数年前にあの日本料理屋へ神奈川県警から問い合わせがあった。 この店は、過去にも、「こういう人が働いていませんか」と日本の警察から訊かれたそうだ。 そのときは、オウム真理教の関係だったらしい。 オウム関係なら大事件だが、窃盗だか詐欺なのに神奈川県警はずいぶんと熱心だな、と女将は思ったそうだ。 ホルヘは昨年、日本領事館にナイトさんの写真が貼られているのを見た。 これは職員に向けてのものだが、これが貼られているということは、彼はまだアルゼンチンにいるということだ。 領事館に出頭すれば日本に帰れるのに、窃盗程度の罪で、なぜ異国で路上生活までしているのかと不思議に思ったが、殺人ならうなずける。 知人女性を殺し、そのキャッシュカードで現金を引き出したため、とりあえずは他人のカードを使用したことで窃盗か詐欺で身柄を取り、その後の取り調べで本筋に迫ろうと警察はしたのだろうが、高跳びされてしまった。 しかしその後の捜査で殺人の証拠が出たので、ブエノスに潜伏という情報を頼りに所在を突き詰め、逮捕に至ったということだろう。 日本料理屋の女将も、雇っていたのが殺人犯だったと知って驚いたはず。 今回はまだ土産を届けていないので、今夜行って、いろいろな話をしようと思う。 Tweet