3月21日にブエノスアイレスに着き、22日にウルグアイのモンテビデオへ出発。
23日のウルグアイ対ブラジルを取材して、翌日に戻ってきた。
試合はブラジルが4-1で圧勝。
ハットトリックのパウリーニョもかすむほど、ネイマールの存在感がすごかった。
 
 
さて、ブエノスに戻ると知り合いから、「日本人の殺人犯がブエノスで逮捕されたって、ニュースでやっていた」とのメールがあった。
ネットで調べ、「やっぱり、こいつか」と思った。
 
 
たしか2011年だったと思う。
ブエノスに日本人が経営するバックパッカー向けの安宿がある。
全面改装するにあたり、一度閉鎖して宿泊客に出てもらうこととなった。
その際、通称「ナイトさん」という男が、133日分の宿泊代を踏み倒して逃げた。
130日といえば4か月以上だ。
宿代をこれほど溜めることができるのも不思議だが、それはさておき、この事件が「らぷらた報知」という日系紙に載った。
同様の被害が起きないようにと、ブラジルの日系紙でも犯人の詳細を伝えて注意を喚起。
さらに、男は神奈川県警から窃盗だか詐欺だかで手配されており、外務省からパスポート返還命令が出ているとの続報も流れた。
返還命令の期日を過ぎるとパスポートは無効となり、合法的に国境を越えることはできない。
 
 
この事件より前、ホルヘはナイトさんと会っている。
バビーフットボールをしたとき、件の安宿に泊まっていた日本人旅行者が参加し、連れとして見学にきていたのだ。
あいさつ程度で特に話はしなかったが、髪型が独特なので記憶に残った。
 
 
その翌年、ブエノスについてすぐ、知り合いの日本料理屋を訪れた。
亡くなった大将はホルヘのアミーゴだったので、今でも必ず日本土産を届けている。
厨房を見ると、彼が働いている。
しかしそのときは時差ボケの影響か、「どこかで見た人だな」と思いながら、ナイトさんだと気づかなかった。
海外の日本料理屋には、バックパッカーの人たちが、「働かせてください」といって来ることがよくある。
この店でも、過去に何人かの日本人旅行者がバイトしている。
 
 
翌日になって彼がナイトさんだと思い出し、店の女将に知らせた。
ところが前日の仕事終わりに、「辞めます」といって出て行ったという。
むこうもホルヘのことを覚えていて、「まずい」と思って逃げたのだろう。
 
 
その後は、彼が路上生活をしているという情報を何度か耳にした。
そして、数年前にあの日本料理屋へ神奈川県警から問い合わせがあった。
この店は、過去にも、「こういう人が働いていませんか」と日本の警察から訊かれたそうだ。
そのときは、オウム真理教の関係だったらしい。
オウム関係なら大事件だが、窃盗だか詐欺なのに神奈川県警はずいぶんと熱心だな、と女将は思ったそうだ。
 
 
ホルヘは昨年、日本領事館にナイトさんの写真が貼られているのを見た。
これは職員に向けてのものだが、これが貼られているということは、彼はまだアルゼンチンにいるということだ。
領事館に出頭すれば日本に帰れるのに、窃盗程度の罪で、なぜ異国で路上生活までしているのかと不思議に思ったが、殺人ならうなずける。
 
 
知人女性を殺し、そのキャッシュカードで現金を引き出したため、とりあえずは他人のカードを使用したことで窃盗か詐欺で身柄を取り、その後の取り調べで本筋に迫ろうと警察はしたのだろうが、高跳びされてしまった。
しかしその後の捜査で殺人の証拠が出たので、ブエノスに潜伏という情報を頼りに所在を突き詰め、逮捕に至ったということだろう。
 
 
日本料理屋の女将も、雇っていたのが殺人犯だったと知って驚いたはず。
今回はまだ土産を届けていないので、今夜行って、いろいろな話をしようと思う。
 


About The Author

ホルヘ三村

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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