亡くなった沖縄の翁長知事の棺を乗せた霊柩車が、県庁の玄関前を通っていく映像をニュースで観た。
県庁前には多くの職員や県民が詰めかけ、合掌や深々とした礼で知事に別れを告げていた。
手を合わせる、頭を下げる、黙祷するというのは、故人を送る際の作法だ。
しかし、アルゼンチンでは全く異なる。
日常的に殺人事件が起こる同国だが、特に悲惨なケースや注目を集める事件では、出棺の模様をニュースで伝える。
ニュース専門チャンネルでは、葬儀会場から墓地までのすべてを生中継することもある。
帰国直前にも完全生中継があった。
被害者は頭部を撃たれた婦人警官。
赤ん坊を持つ母親で美人。
絶命はしておらず脳死状態だったが、生前の本人の意思を尊重し、家族が臓器移植に検体することを決断した。
これだけ条件が揃えば、注目度は高い。
葬儀会場前には同僚や市民が集まり、彼女の出棺を見守る。
棺を乗せた霊柩車が出発しようとすると、人々は合掌でも礼でもなく拍手を送る。
大勢が一斉に手を叩くのだから、まるでコンサートのようだ。
テレビ局の車が霊柩車の後を追いながら生中継するので、それを観ていた人が道端で待ち受けていて拍手を送る。
哀悼の意を示すのではなく、故人の人生を称賛するのだ。
日本では歌舞伎役者などが、出棺の時に拍手で送られることがある。
しかしそれは生前の仕事が拍手を浴びるものであったため、故人を最後の拍手で送ろうという演出に過ぎない。
葬送の作法も、ところ変わればずいぶんと違うものだ。
しかし日本式に慣れたホルヘは、拍手で送るシーンを見るといまだに違和感を覚えてしまう。
最近、死を現実として考えるようになった。
昨年は身内がなくなり、仲の良かった同級生が癌で急逝。
数日前にも、30年近い付き合いだった年上の呑み仲間が、闘病の末に癌で旅立っていった。
1か月ほど前から、喉に違和感というか鈍い痛みがある。
これまでに経験したことのない感覚だ。
「ついに咽喉癌になったか」と思い、帰国した際に病院へ行こうと決めた。
かかりつけの総合病院へ行き症状を伝えると、「耳鼻科に行きなさい」といって紹介状を書いてくれた。
それは、近くの個人医院。
以前ネットで調べたところでは、咽喉癌の検査はCTスキャンだかMRIで行うと書いてあった。
小さな町医者が、そんな機材を持っているのだろうか。
紹介してくれるなら、大病院のほうがいいのにと少し不満だった。
早速その医院へ向かうとお盆休み。
そして休み明けに、やっと受診することができた。
問診表で症状や生活習慣を書いてあったので、診察室へ入った瞬間、「タバコのせいだ。禁煙しなさい」といわれた。
なんとストレートな医師だ。
「では、診ましょう」というので、とりあえず口を開けた。
ところが医師は、鼻の穴に何かをスプレー。
これが麻酔薬で、鼻から内視鏡を差し込んできた。
患部を直接診れば、CTもMRIも不要というわけか。
そういえば、耳鼻科に行ったのは小学生以来。
最近の個人医院は設備が充実しているので驚いた。
結果は、癌ではなくタバコによる炎症とのこと。
「1日何本?何歳から吸ってる?」というので、「だいたい1箱。未成年のときから」と答える。
すると、1日の本数×年数で導く数字があると説明してくれた。
これが500を超えると咽喉癌になる確率が高くなるという。
さらに1000を超えると、発症率がドカンとアップするそうだ。
「あなたはもう800だよ。相当危険だ」というから、「じゃあ、定期的に検査したほうがいいですね」と返すと、「それよりタバコやめなさい」とたしなめられた。
なかなかしっかりした医師だが、名医と呼ばれたいなら、喫煙者も助けられるようにならなければならない。
とりあえずこれで一安心と、その夜は行きつけのバーへ行って事の顛末をママに話した。
すると、それで安心してはダメだと諭された。
ホルヘも知っているそこの常連客は、喉の調子がおかしいので耳鼻科に行ったが「異常なし」といわれた。
しばらくしても治らないので、別の医院へ行くも、やはり異常なし。
ところが3軒目の日赤で診てもらうと、「咽喉癌ステージ4」と診断されたという。
やはり、町医者には限界があるのだろうか。
せっかくの美酒を呑んでいたのに、この話を聞いた途端に酒が不味くなった。
※写真はイメージです。