15年ほど前にアルゼンチンでトシ君という日本人バックパッカーと出会った。
彼は日本から持ってきたビデオを南米各地で子供たちに見せたそうだが、言葉がまったくわからないのに、どこでも大うけだったという。
そのビデオは、バカ殿だった。
志村けんのことはもちろん好きだったが、言語に関係なく人々を笑わせるということで、改めて彼の凄さを知った。
 
 
今は彼の死により、新型コロナの恐ろしさを認識させられた。
はっきりいって、完全にビビっている。
年齢的にも今年還暦だし、長年のヘビースモーカー。
5,6年前に肺の検査をしたら、75歳レベルと診断された。
感染して発症したら、重篤になる可能性が高い。
たとえ自分は大丈夫だったとしても、同居している90歳になる老母にうつしたらこれはヤバイ。
 
 
ホルヘが何より心配しているのは、母親がコロナで死んだら、ずっと後悔の念を引きずってしまうだろうことだ。
「あそこへ行かなければ、ウィルスを持ってこなかったかもしれない」などと、自分経由の感染でなかったとしても、「自分がうつした」と思って苦しむこととなる。
同居人だから当然検査を受け、その結果が陰性だったとしても、感染後に無症状のまま自然治癒していればそういうことになる。
つまり、感染者が絶対に自分ではないという証明はできないのだ。
証明できない以上、最悪のケースになった場合、「自分のせいかもしれない」と悔やむこととなる。
 
 
ということで、不要不急の外出は極力避けるようにした。
行きつけのバーはこの自粛ムードに悲鳴を上げている。
一人でやっている小さな店なので、ホルヘの売り上げが減るだけでも何がしかのダメージはありそうだ。
そこで、貯金だけしてきた。貯金というのは、その店の何名かの常連が行っているシステムで、ツケの反対の前払い。
カードが使えない、「ジャ、イーデスー」の店なので、懐が温かいときにまとまった金を預け、その残高があるうちは支払い不要というもの。
この騒ぎが少し落ち着けば、ホルヘは金を持たずに呑みに行けるし、この時期の現金は店主の役にも立つだろう。
大被害を被っている飲食店を救うため、行きつけの店を持っている人たちは、この貯金システムを活用したらいかがだろうか。
 
 
1986年のメキシコW杯でアルゼンチン代表を優勝に導いたビラルド監督。
選手としてもエストゥディアンテスの一員として68年からコパ・リベルタドーレス3連覇を果たし、68年にはマンUを下して世界王者にも輝いている。
このころのエストゥディアンテスは強かったが、やりかたがきたないという悪評もあった。
リードしていて残り時間が少なくなると、ボールをスタンドまで蹴りこむ。
今と違ってマルチボールシステムではないので、原則として試合球は一つ。
予備のボールも用意してあるが、それを使用する場合は、主審が空気圧のチェックなどを行うことになっていた。
予備球の数は2個くらいだ。
 
 
ホームゲームでは、観客もチームに協力してスタンドに飛び込んできたボールをすぐに返さない。
しばらく待っても戻ってこないと、主審は予備球での試合再開を決断する。
しかし、そのボールもすぐスタンド行となる。
このように徹底した時間稼ぎを行っていた。
さらに噂では、選手が虫ピンを隠し持っていて、マークや競り合いの際にそれで相手をチクリと刺していたという。
信じがたい話だ。
数年前、ビラルドにインタビューした際にこの件を質問したが、さすがに否定はした。
しかし、アルゼンチンでは事実のように語られている、有名な噂だ。
 
 
しかし当時のエストゥディアンテスは悪名だけでなく、エリートクラブとしても知られていた。
エストゥディアンテスは「学生たち」という意味で、元はラプラタ大学の学生のチーム。
現在はほとんどいないと思うが、大学で学びながらサッカーをしている選手が多かった。
ビラルドもその一人で、何と医学部を卒業して産婦人科医として勤務もしていた。
鼻が大きいので「ナリゴン(鼻デカ)」という渾名もあるが、「ドクトール」の敬称で呼ばれることが多い。
 
 
そんなドクトールをモデルに、コロナ対策を訴える投稿がSNSに挙がっている。
ビラルドの写真にコメントを付けたもので、中には笑えるものもある。
スタジアムの透明ボックスに入っているような写真には、「完全隔離」。


チームに指示しながらなぜか股間を触っているものは、「常に手を洗え」。


ブラジルとの試合の一コマは、「ボトルを回し飲みするな」。


これはイタリア大会のブラジル戦で、給水用のボトルに眠り薬を入れ、それを相手選手に飲ませたという件。
アルゼンチン選手が間違ってそのボトルから飲みそうになり、慌てて止めたとマラドーナがかつてテレビ番組で暴露した。
ちなみに、ビラルドはこれも否定している。
現役時代のビラルドが相手選手に指を刺しているようなものは、「唯一のワクチンは閉じこもり」。


メキシコ大会決勝のドイツ戦、相手GKが飛び出しながらボールに触れずヘディングを許したシーンは、「必要がなければ出るな」となっている。


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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