40日間の一時帰国を終えて、9月18日にアルゼンチンへ出発した。
まずはタクシーで京王プラザホテルへ向かう。
成田や羽田行きのリムジンバスはあちらこちらで乗車することができるが、始発がホテルになっていることが多い。
基本的には宿泊者のためだが、ホテル利用者でなくともここから乗ることはできる。
 
 
ホルヘはいつも、カメラやパソコンを入れた機内持ち込みバッグ2個と、規定一杯の23キログラムの荷物を詰め込んだ大型バッグ2個を持っていく。
大型バッグは宅配便で空港へ送ってもいいが、2個分の送料よりホテルへのタクシー代のほうが安い。
バスタや新宿西口の乗車場は混雑してタクシーを近くに着けにくいし荷下ろしも大変。
しかしホテルならコンコースにすんなり入ることができ、少なくとも京王プラザでは、「宿泊ではなく、リムジンに乗るだけです」といってもポーターが荷下ろしを手伝ってくれるのだ。
 
 
飛行機は18時25分発。
早めの3時間前には空港へ着こうと思い、渋滞も考慮して13時30分のリムジンを予約していた。
しかしタクシーが早く着いたので13時発に乗り、成田到着は14時30分。
ところが第2ターミナルの中に入ると、何やら様子がおかしい。
やたらと人が多いのだ。チェックインカウンターへ行くと、システムがダウンしたためチェックインを停止しているとの張り紙があった。
 
 
お詫びのアナウンスが何度も流れ、一向に事態は改善しないまま時だけが流れる。
その間にも続々と搭乗客がやってきて空港ロビーは大混雑。
報道関係者も現れて、この模様を取材している。
 
 
ホルヘのフライトはニューヨーク行きで、そこで3時間半後発のブエノスアイレス行きに乗り継ぐ。
このままでは、乗り継ぎに間に合わなくなる。
しかしそれよりも、腹が減った。
早めにチェックインして、空港内の回転寿司を食べるのがいつものパターンなので、昼食を食べていない。
さすがに大荷物を持ってレストラン街へ行く気にはならず、じっと我慢する。
 
 
17時ころになって、「18時25分発までの便のチェックインを開始します」とのアナウンス。
その後はスムーズに進み、19時前には搭乗できた。この分なら乗り継ぎに間に合いそうだ。
と思ったら、システムダウンのため手作業で行ったという預かり荷物の個数が合わないとかで、そのまま2時間待たされた。
 
 
結局、出発は2時間半遅れ。
しかしその遅れを取り戻そうとがんばったらしく、ニューヨーク到着は1時間半遅れだった。
乗り継ぎ便までは2時間あるが、アメリカでのトランジットは一度入国しなければならず、それにかなりの時間がかかる。
 
 
しかし、このような場合は航空会社が対応してくれる。
飛行機を降りるとアメリカン航空の職員が、「ブエノスアイレス行き、リオデジャネイロ行き乗り継ぎ」の紙を掲げて待っていた。
名前を告げると、EXPRESSと書かれたオレンジ色のカードをくれた。
これがあれば列に並ばなくていいという魔法のカードだ。
 
 
乗り継ぎ便に搭乗するのは5人だったが、このカードをもらったのは4人だけ。
どうやら1人は慌てて地上職員に気付かず、入国審査ゲートへ走って行ってしまったらしい。
 
 
飛行機の遅れというのはよくあることだ。
そうなったら、ジタバタしてもはじまらない。
航空会社にすべて任すしかない。
今回のような対応で助けてくれることもあれば、「間に合いません」と引導を渡されることもある。
間に合わない場合は、格安のLCCでない限り、別便の確保やホテルの用意をしてくれる。
ホルヘは大切な取材の場合、1日遅れを想定してスケジュールを立てている。
 
 
40日振りのアルゼンチンでは、ペソの下落がさらに進んでいた。1ペソが何と3円になっている。
今年の4月は5円程度だったのに、半年で2円も落ちた。
一体この国は、どうなってしまうのだろう。


About The Author

ホルヘ三村

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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