5月9日午前7時前、アルゼンチンの国会前広場で衆議院議員が銃撃された。
議員は重体で、一緒にいた彼の補佐役は即死。
殺傷事件の多いアルゼンチンでも、国会前で議員が撃たれるというのは前代未聞クラスの重大事件だ。
 
 
アルゼンチンは日本より日の出が遅く、朝7時でも薄暗い。
日中は賑やかな国会前も、まだ閑散としている。
速報ニュースで伝えていた目撃者や関係者の話によると、議員と補佐役は散歩中、駐車していた自動車の中から撃たれたという。
ターゲットの日常を調べて日課の散歩を待ち伏せしたものとみられ、「マフィアの手口」と解説されていた。
さらに議員は反バラス法の急先鋒。
バラスとはフーリガンのことで、凶悪化、マフィア化している彼らを取り締まる法が反バラス法。
銃撃された議員は、この法案を国会で通そうと活動していた。
 
 
となると、この法案を阻止するためにバラス=マフィアが犯行に及んだという構図が見えてくる。
1983年12月まで幾度となく独裁政権下にあったアルゼンチンでは、民主主義と自由に対する意識が強い。
法案を通させないために凶行に走るとは民主主義への挑戦だ、という論調がニュースの中で繰り返し伝えられていた。
 
 
犯行現場はホルヘの家から1キロメートルちょっとなので、写真を撮りに行ってみた。

 
現場について意外だったのは、立ち入り禁止のテープは張られているものの、かなり近くまで誰でもが行けること。
プレス証なしで、つまり一般の人でも、路上が赤く血に染まった地点まで最短20メートルに近づける。
初期の鑑識活動は終わっていたものの、まだ現場検証は続いている状態。
日本と比べると、かなり緩い。
 
 
正午になると治安大臣が会見を開き、犯行の瞬間を映した衝撃的な防犯カメラ映像を公開した。
アルゼンチンのニュースでは、その日に起きた事件の防犯カメラ映像が頻繁に流される。
これは今回のように、当局側が積極的にマスコミへ提供するからだ。
日本では、警察は捜査内容が広く知られるのを嫌い、マスコミへの情報提示は最小限に留めている。
それは、犯人しか知りえない事実を守るためでもある。
容疑者を確保してその供述の中に犯人しか知りえない事実が語られていれば、その供述は信ぴょう性が非常に高い。
その供述で犯行を認めれば、後の裁判で否認に転じてもつじつまが合わなくなる。
つまり警察は、送検や起訴のことまで考えて秘密主義となる。
 
 
しかし、やっと民主主義を勝ち取ったアルゼンチンではオープンが基本。
独裁時代は、突然逮捕されてそのまま行方不明になったものが数知れない。
暗黒の時代、すべては隠蔽されていた。
その反省からなのか、少なくとも刑事事件に関してはマスコミへのリリースに積極的だ。
先の会見は、警察組織でなくそれを統括する役所の大臣が行った。
過去の経験から、制服組が牛耳らないようコントロールがなされている。
しかし警察からすれば、監督官庁に牙を抜かれて士気が低下するという悪影響もあるだろう。
 
 
さて、公開されたビデオだが、その説明は写真に合わせて行う。

 
左端の緑の屋根が国会議事堂。
その前から広場が始まり、犯行現場は広場の終わり近く。
右に白いバスが停まっているが、ここは道幅が広く夜は通行量が少ないため、観光バスが一晩路上駐車することが多い。
そしてそのバスのすぐ後ろに、二人組の犯人が乗った自動車が停まっていた。
議員と補佐役は向こう側から歩道を歩いてきた。
議員は車道側だった。
そしてバスの横を通り駐車中の自動車の横に差し掛かった瞬間、自動車の窓から閃光が走る。
数発の弾丸が発射され、撃たれた二人は歩道上に倒れる。
自動車からは太った男が一人降りてきた。
議員は必死で立ち上がり、写真手前のほうへ10歩歩き、そこで座り込んだ。
補佐役は倒れたままピクリとも動かない。
車からは若い男が降り、歩いて立ち去った。
太った男は車に乗り込んでその場を離れた。
 
 
補佐役は即死だったので、これはまさにリアル殺人映像。
ビデオはマスコミにも渡され、テレビで繰り返し放映された。
「未成年に適さない内容が含まれています」という小さなテロップが入るものの、多くの子供が目にすることとなった。
少し、刺激が強すぎる気がする。
 
 
このビデオで疑問に思うのは、なぜ議員にとどめを刺さなかったのかということだ。
即死状態の補佐役を議員と間違えたのか。
だとすれば犯人は議員の顔をよく知らないということで、金で雇われたヒットマンの可能性が高い。
議員への脅しが目的という推理もあるが、使用された銃は40口径ということがその時点で判明しており、殺傷能力の高さから、脅し説は薄い。
となると、ターゲットは補佐役だったのか。
 
 
議事堂周辺ということで周囲にはいくつもの防犯カメラが設置されており、そこから車のナンバーも特定された。
しかし、このような犯行に使われるのは盗難車というのが相場だ。
防犯カメラのリレー解析で、車は2ブロックほど離れた地下駐車場に入ったことが確認された。
そして、車中には遺留品の山。
さらに、所有者が件の太った男であることも判明した。
 
 
こうして、翌日までに実行犯2名と共犯者4名の、事件にかかわった全員が逮捕された。
太った男は地方へ逃げたが、「ニュースで見たのと似ている男がいる」という通報で所在が知れた。
ビデオ公開の功績大だ。
もう一人の実行犯はウルグアイまでたどり着くも、そこで現地警察に捕まった。
 
 
終わってみれば、マフィアの手口でも民主主義への挑戦でもなく、補佐役に個人的恨みを抱いていた主犯が、一族を引き入れて行った一種の復讐だったと知れた。
それにしても、防犯カメラ全盛のこの時代に、自分の車を使って殺人を犯すとは、なんと間抜けなことだろうか。


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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