日本滞在中の9月1日、ホルヘが住む杉並区に区立永福体育館がオープンした。
同名の体育館は以前からあったが、老朽化のため閉館し、廃校となった小学校の敷地に移転した。
完全な新築ではなく、小学校の建物を生かすべきところは生かしている。
 
 
この体育館の目玉は、砂が敷き詰められたビーチコートがあること。
屋外施設で、ビーチバレーとビーチサッカーの公式試合が行えるようになっている。
真っ白な砂はオーストラリアのなんとかビーチから輸入したものだという。
ビーチバレーは五輪種目なので、東京五輪の際は外国チームの練習場所となるよう招致活動を行うそうだ。
 
 
ホルヘが初めて南米へ行ったのは、1989年のコパ・アメリカブラジル大会。
トーナメントの終盤はマラカナンスタジアムでの試合が多かったので、コパカバーナに面したホテルに宿泊していた。
試合がない日にビーチをブラブラしていると、あちこちでビーチサッカーをやっている。
仲間に入れてもらおうかと声をかけるタイミングをうかがっていると、都合のいいことにボールが転がってきた。
インサイドでトラップして驚いた。
ボールがカチカチなのだ。
ゲームを観ていると裸足で思い切り蹴っているので、てっきり柔らかいボールなのだと思っていた。
しかし実際は、普通のサッカーより空気を詰め込んだ硬いものだった。
下が砂なので、硬くなければ転がらないからなのだろう。
「こんなものを蹴ったらケガしてしまう」と即座にビビり、ボールを拾って投げて返した。
 
 
これは昼間のビーチの出来事で、プレーしていたのはおそらく観光客。
あくまで遊びのサッカーだった。
しかし夜になると、ここでビーチサッカーの公式試合が行われる。
11人制のアマチュアリーグで、これは完全な真剣勝負。
あの硬いボールをビシバシ蹴っているのを見て、「身体の造りが違うんだな」と思わずにはいられなかった。
 
 
砂浜での遊びから発展したビーチサッカーは、競技人数やルールも多様化していった。
1992年に国際公式ルールが制定されて5人制の現在の形となり、何度かの世界選手権が開催されたのちFIFAの公認となり、2005年からW杯が開かれるようになった。
 
 
2009年までは毎年開催されていたビーチサッカーW杯。
ホルヘは06年の大会で日本代表の取材を行った。
会場はコパカバーナビーチに造られた特設コート。
走りにくく疲れやすい砂の上を疾走し、硬いボール蹴りまくる姿を見て、「絶対にやりたくないスポーツだ」と改めて思った。
ペナルティエリアはラインが描かれておらず、ピッチ外に立てられたポールが目印となる。
これがわかりにくいようで、日本代表のGKはエリア外のボールを手で扱って何度もハンドの反則を取られていた。
 
 
このときにチームドクターか何かのスタッフに聞いたのだが、フットサルやビーチサッカーの選手は人間的にとても面白いのだそうだ。
件のスタッフは11人制の年代別代表に何度も帯同している。
11人制の代表というのは、サッカーのエリートたちだ。
ところが、フットサルやビーチサッカーの選手はそうではない。
彼らも元々は11人制でトップを目指していたが、それが及ばず、あるいは挫折して別の道に進んだ。
この経験が人としての成長に役立ったのか、フットサルやビーチの選手はエリートたちより人間味があるとのことだった。
 
 
永福体育館では、小学生対象のビーチサッカー教室を開講するらしい。
普通のサッカー及びフットサルとビーチサッカーで決定的に違うのは地面だ。
平坦で硬い地面なら、テクニックがあればボールを自在に操ってドリブルができる。
ところが、砂の上ではそうはいかない。
したがって、華麗なドリブラーはビーチサッカーで能力を発揮できない。
ということは、不器用でドリブルが不得手な選手は、砂の上でプレーしてもさほどポテンシャルが落ちないということだ。
ドリブルが苦手な子供は、「僕、ビーチサッカーのほうが楽しい」ということになりえる。
 
 
日本中にビーチコートが増えれば、子供のころからビーチサッカー一本という選手が増えるだろう。
そうなると将来のビーチサッカー代表はエリート集団ということになり、人間的には面白みがなくなるかもしれない。
 


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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