10日の土曜日早朝、激しい雨音で目が覚めた。
やがて雷も鳴りだし、雨はさらに勢いを強めた。
午後5時キックオフのコパ・リベルタドーレス決勝戦ボカ対リーベルは、無事に行われるだろうか。
 
 
クラシコの中のクラシコということで“スーペルクラシコ”と呼ばれるこのカードが、同大会史上初めて決勝で実現することとなり、アルゼンチンは狂騒状態となった。
普通のニュース番組でも、この件に関することが連日トップを飾っていた。
 
 
リーベルのカジャルド監督は、準決勝第2試合のグレミオ戦で出場停止処分を受けていたにもかかわらず、ハーフタイムにロッカールームに入って選手と接触したため、CONMEBOLより4試合の出場停止処分を下された。
優勝を遂げても、クラブW杯で指揮を執ることはできない。
また、禁を破ってロッカールームへ行ったという前科から、スタジアムへの入場も禁止された。
それでもケータイで指示するのではないかとの憶測から、ボンボネーラのアウェイ用ロッカールームは、ケータイの電波を遮断するような措置が取られるのではないかと報じられている。
 
 
ブエノスアイレスでは11月30日と12月1日にG20首脳会議が開催される。
それに出席するロシアのプーチン大統領が、24日に行われる決勝第2戦を観戦するというニュースもあった。
ネタ元はロシアのメディアで、アルゼンチンの保安省はこれについて、「歓迎する、警備については問題ない」と語っている。
しかし、おそらく29日か28日に来亜予定だったものが、試合観戦のために4,5日繰り上げるということがありえるだろうか。
プーチンといえば世界的な要人で、日常は分刻みのスケジュールのはず。
普通に考えたら、このニュースは眉唾ものだ。
しかしロシアW杯を機にサッカーの重要性に気付いた策士プーチンが、サッカー界を外交政策などに利用すべく自身の存在感を高めようとしているのなら、これくらいのことはやりかねない。
 
 
「負けたクラブは、立ち直るのに30年かかる」との理由から、決勝戦がスーペルクラシコになることを望んでいなかったマクリ大統領だったが、ファイナリストがボカとリーベルに決まると、「アウェイサポーターが入場できるようにしたい」とコメントを出した。
現在アルゼンチンでは、国際試合での外国チームとの試合を除き、アウェイサポーターは原則入場禁止となっている。
この件の管轄は保安省だが、マクリのコメントを受けてその方向で動こうとした。
しかし、両クラブの会長がこれを拒否。
アウェイサポーターを入れると警備の人数を大幅に増やさなければならないうえ、ホームとアウェイのサポーター席の間に緩衝帯として無人のスタンドを作らねばならない。
この数千人分の無人席により入場料収入が減ってしまう。
というわけで、今回もアウェイサポーターは入場禁止となった。
 
 
両会長は、10日と24日の土曜日開催となった決勝戦を、翌日の日曜日に変更したいともいい出した。
その理由は、ユダヤ人社会からの強い要望があったからだという。
土曜日はユダヤ教のシャバット(安息日)にあたる。
安息日は普通の休日と違い、楽しんだり騒ぐことは慎まねばならない。
アルゼンチンにはユダヤ人が非常に多く、社会的に強い勢力をもっている。
当然、ボカとリーベルのソシオ、サポーターの中にも彼らは一定数の割合で存在する。
土曜日開催では観戦できないので、「日曜日にやってくれ」という電話が鳴りやまなかったそうだ。
しかし、この要望は受け入れられなかった。
 
 
チケットはもちろん即完売で、ネットには法外な価格での転売広告が出ている。
最高額は18万ペソ(約54万円)。
アメフトのスーパーボールなどと比べるとまだ安いが、アルゼンチンでは驚愕的な金額だ。
 
 
メディアの取材申請も世界中から約2500通が届いたという。
ホルヘもこの中の一人だが、今回は落選。
第2戦での復活当選を願っている。
 
 
そんな報道の中に、「名前はリーベルでチームカラーはボカ」というものがあった。
これはコルドバの小さな町ベル・ビジェにあるクラブの紹介。
1923年に創立されたこのクラブは、名称がリーベルプレートで、ユニホームやエンブレムのデザインはボカと同じで、色はもちろん青と黄色。
創立メンバーの中にボカとリーベルのサポータが多く、新クラブの名前を「ボカにしよう」、「いや、リーベルだ」となった。
結局投票で決めることにしたが、その際、勝ったほうの名前を付け、負けた方のデザインを使うという取り決めがなされたのだという。
 
 
60年代には、本家リーベルとボカの会長から、名前とチームカラーを変えてほしいとの申し入れがあったそうだ。
その会長とは、リーベルがアントニオ・V・リベルティでボカはアルベルト・J・アルマンド。
この両者は、現在の両クラブのスタジアムの正式名称にその名を刻んでいる歴史的な人物。
ボンボネーラは愛称で、正式にはアルベルト・J・アルマンド・スタジアムという。
 
 
これほどの大物が揃って名称の変更を求め、さらにそれに伴い派生するすべての費用は支払うという条件だったが、これを拒否して今日に至っている。
プロサッカーなどとは縁遠い田舎の小さなクラブが、今回の“メガ・ファイナル”騒動で思わぬスポットを浴びた。
  
 
天気予報では昼過ぎから雨はあがるといっていたが、断続的に激しい雷雨が続き、ボンボネーラのピッチは一面に水が浮いた。
最新の排水設備はないものの、「雨さえ止めば、1時間で水をかき出せる」と試合の実現に望みをつなぐ。
しかし天候の回復が見込めず、午後3時過ぎに翌日への順延が決まった。
 
 
これでユダヤ人たちは大喜びだろうが、日曜日も土曜日と同じような天候が予想されており、さらなる延期となる可能性が高い。
※その後、日曜日に無事開催され、第1戦は1-1のドローとなった。(編集部追記)
 


About The Author

ホルヘ三村

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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