「G20はできたのに、メガクラシコはダメだった」。
これは、自国を揶揄する気持ちとサッカー熱の激しさを自慢する思いが半分ずつ込められた、アルゼンチンで流行ったフレーズ。
11月30日と12月1日に、G20は南米で初めてブエノスアイレスで開催された。
米中の貿易戦争、米露の関係悪化の真っ最中で、しかもジャーナリスト殺害事件の首謀者と噂されるサウジ皇太子が出席するという大緊張のサミットは万全の警備で乗り切ったが、リーベル対ボカのメガクラシコは大不祥事で赤っ恥をさらした。
世界的政治イベントを成功させる実力を持ちながら、国内のサッカーはコントロールできないという矛盾。
国民は、「これがアルゼンチンらしさだ」と開き直ったり納得したりしている。
 
 
しかし、G20の際の警備はすごかった。
前日から市の中心地では交通規制が始まった。
これが事前に告知されていたものより激しく、ダウンタウンのオフィス街はマヒ状態に陥った。
30日は金曜日だが休日となり、地下鉄、鉄道はすべて運休。
高速道路まで閉鎖された。
ブエノスアイレスには市内のアエロパルケと郊外のエセイサという二つの空港がある。
ちょうど、成田と羽田のようなものだ。
そして、アエロパルケは完全封鎖。
運休や閉鎖。
これらの規制は48時間続いた。
エセイサ空港は機能しているものの、そこへ行くための高速道路が使えないという状態。
 
 
市内と郊外をつなぐのは鉄道と高速道路。
これがないため市内は孤立し、しかも市内の移動手段である地下鉄がなく、路線バスの運行も大幅に減少。
街中から、日常の動きがすべて消えた。
しかしそれでも、反G20および反政府のデモは計画されていた。
これに備えて国境警備隊がヌエベ・デ・フリオ大通りに集結。
気勢を上げるデモ隊に睨みを利かせ、フランスのような暴動は許さなかった。
他にも警察と沿岸警備隊の計2万人以上がこのサミットの警備に動員された。
 

 
 
ブエノスアイレス市内にはレティーロ、オンセ、コンスティトゥシオンと三つのターミナル駅がある。
レティーロは鉄道3路線と地下鉄の始発駅で、長距離バスターミナルもある。
駅前には多数の路線バス乗り場が並んでおり、常に人でごった返している。
しかしそれが、写真のように人っ子一人いない状態となった。
ちょっと、信じがたい光景だった。
 

 
 
来年は大阪がG20の開催地となるが、日本の大都会でこのような大規模な規制はできないだろう。
それができたということが、アルゼンチンがまだ成熟していない国だという証でもある。
しかしユース五輪とG20を開催しその存在を世界にアピールしたことで、2018年はアルゼンチンにとって特別な年となった。


About The Author

ホルヘ三村

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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