前回、VARシステムの試合では、主審が積極的にPKを取らない、ということを書いた。
その瞬間に判定を下すより、後回しにしてビデオでチェックするほうが安心だからだ。
しかし準決勝のイラン戦で日本が得たPKは、主審が瞬時にホイッスルを吹いた。
おそらく、よほど自信があったか、VARに慣れていなかったか、VAR反対派だったのだろう。
 
 
南野のクロスがイランDFの腕に当たったのを確信した主審は、PKを即決した。
直後に主審はインカムで何やら交信したものの、そのままPKを蹴らせようとした。
ところが再びインカムでやりとりし、VARで確認することとなった。
 
 
さっするに、モニタールームから「ビデオを見たほうがいい」という助言がまずあったが、主審は必要なしと判断。
しかし再度、「見るべきだ」という強い進言があり、それに従ったのではないだろうか。
つまり、それほど微妙なものだったのだ。
 
 
テレ朝で解説をしていた松木さんは、「手に当たっているけど、意図的かどうかが問題ですね」ということを、このケースでも、決勝の吉田のハンドの時も言っていた。
しかし意図しなくとも、手や腕に当たったことがプレーに影響を及ぼせば反則となるのが一般的な判定基準だ。
明らかな故意ならば、FK(またはPK)にプラスしてカードの対象となる。
 
 
サッカー競技規則には、「競技者が手または腕を用いて意図的にボールに触れる行為」がハンドだと記されている。
ちなみに、文中の「意図的」が以前は「故意に」だった。
松木さんが読売クラブで現役だったころ、チーム内で「故意じゃない」というフレーズが流行っていたそうだ。
ゲーム形式の練習などでボールが腕に当たり、相手チームが「ハンド!」とアピールしても、「故意じゃない!」と叫んでプレーを続けていた。
 
 
DFがバランスを保つために左右に広げていた腕に、相手のパスやシュートが当たればハンドになるのがほとんどだ。
したがってボールを持った相手に対するとき、両腕を背中に回すことが多い。
あのイランDFは、南野のシュートフェイントに引っかかってシュートコースにスライディングした。
そして切り返しのクロスが腕に当たった。
そのとき、腕は確かに体側から離れ開いた状態。
したがって、普通ならハンドの反則だ。
しかしDFは倒れており、あの腕は受け身のために使われたもの。
地面についていて、動かせる状態ではなかった。
「死に体」ならぬ「死に腕」だ。
 
 
競技規則にはハンドのジャッジを下すにあたり考慮すべきこととして、「ボールの方向への手や腕の動き(ボールが手や腕に動いているのではなく)」を挙げている。
文字通りに解釈すると多くのハンドが成立しなくなるが、要するに、手や腕がボールに動いて当たればハンド、ボールのほうから手や腕に当たった場合は反則でないこともありうる、ということだ。
 
 
あのケースは、明らかに動かない腕にボールが当たっている。
だから、モニタールームがVARで確認するよう重ねて進言したのだろう。
主審はそれを受け入れ、ビデオで確認したうえでPKとした。
確かに腕に当たっており、それを主審はハンドと判定したのだ。
 
 
しかし、ビデオで見たら、ボールが当たったのは肩だったということになると話は違ってくる。
手や腕に当たっていないので、ハンドの要件が成立しない。
となると笛を吹いてしまった主審のミスジャッジで、そこからドロップボールでの再開だ。
間違ったPKは行わせずに済んだが、選手からの信頼と主審の威厳は失墜する。
だから、瞬時のPK判定には逃げ腰になるのが普通なのだ。
 
 
すでに国際的ビッグトーナメントに定着し、今後さらに普及していくであろうVARだが、「これは俺の発明だ」と訴えてFIFAと対決しようとしている男がいる。
それはボリビア人のフェルナンド・リベーロで、6台のカメラを所定の位置に設置してビデオ判定を行うのは自分のアイデアと主張している。
 
 
彼は、サンタクルスのオリエンテ・ペトロレーロのファン。
2004年にライバルであるブルーミングとの試合を観にいくと、終了2分前に不可解なPKを取られて激怒した。
その怒りがモチベーションとなり、正しい判定を下せる方法を探求し、8か月かけてシステムを生み出した。
国立知的財産管理局で特許も取得している。
 
 
それを無断で使用されたとして、「VARは私の特許である」との通知をFIFAと各大陸協会および100近くの各国協会へ送ったが、唯一返信があったのはブラジル協会だけで、それも会長交代でうやむやになったという。
 
 
「私は象に挑むノミのようなもので、FIFAにたどり着く力はない」と自覚した彼は、自国のモラレス大統領と交渉して協力を取り付けた。
一国の大統領が乗り出せば、FIFAも無視はできない。
使用料として各組織に50万ドルを求めるそうで、将来的にVARが普及すれば莫大な金額となる。
リベーロは、「独り占めする気はない。貧しい人たちに分け与える」といっており、それを貧困者救済の財源にしようというのが大統領の目論見だ。
 
 
とはいえ、FIFAがこの要求を簡単に受け入れることはあるまい。
ボリビアでの特許は国際的に効力がない、などと争ってくるに違いない。
はたして、VARを巡る判定はどのようになるのだろうか。


About The Author

ホルヘ三村

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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