東京の老母に、「詐欺の電話に気をつけろ」と口を酸っぱくして言っていたが、なんと自分が引っかかってしまった。
3日前の夜8時過ぎにケータイが鳴った。
出ると、正確にホルヘのフルネームを言った後、「VISAカードからのお知らせです」という。
まず、「次の番号をメモしてください」といい、0800で始まるフリーダイヤル番号を伝えてきた。
不審なことがあった場合、たとえば、1000ペソの買い物しかしないのに2000ペソの請求があったら、すぐにこの番号へかけてください、とのこと。
そうしたケース専用電話なので、対応が早いのだという。
その後はセキュリティについてのレクチャーがいくつかあり、最後に、「カード番号をおっしゃってください」となった。
そこで何の抵抗もなくスラスラと告げてしまったが、電話を切った後に「ヤバイ」と気が付いた。
ちなみに番号を伝えたカードは、VISAマークが入ったアルゼンチンの銀行のデビッドカード。
公共料金の引き落としだけに使っている口座のカードで、残高は2万円少々。
クレジット機能は付いていない。
不審な際にかける専用電話についての説明や、そのあとで防犯のレクチャーをするので、不信感がすっぽり抜け落ちてしまった。
考えてみれば、VISAカードにはケータイ番号を登録していないはず。
これは、やはり詐欺電だろう。
翌朝、銀行の支店へ行って受付でカードを示しながら事情を話すと、「カード会社が電話で番号を聞くことはない。詐欺です」と断言。
「では、すぐにカードを止めてほしい」と頼むと、「それはVISAカードの管轄です」といって、電話番号を調べて渡してくれた。
そこでVISAへ電話したところ、銀行のデビッドカードは銀行の管轄です。
銀行で新しいカードを発行してもらってください」といわれた。
ようするに、銀行の受付は何も知らずに適当なことをいっていたのだ。
まことにアルゼンチンらしい対応といえる。
ちなみに、残高照会をしても異常はなし。
クレジットカードではないので、残高以上の買い物はできない。
犯人は10万円くらいの商品を買おうとしたが、残高不足で決済できなかったのかもしれない。
電話で聞きだされたのはカード表面の番号16桁だけ。
犯人が電話ではっきりと、「裏面の数字は言わないでください。表面の16桁だけをお願いします」といっていた。
ネット通販で不正使用するなら、裏面の番号も必要なはず。
偽造カードを作っても、買い物や預金引き出しの際には暗証番号が必要だ。
一体、どのような狙いがあるのだろうか。
ともあれ、銀行の担当者と話し合い、詐欺の可能性が高いので現行のカードは停止して新カードを作ることになった。
実害はなかったものの、実に間抜けなことだった。
20年以上前に一度だけ、カードを不正使用されたことがある。
請求書を見ていると、身に覚えのないコロンビアでの買い物履歴が記載されている。
たしかにコロンビアに滞在しカードでいろいろ支払ったが、その件は記憶にない。
当時のカードの支払いは、今のようにカードリーダーに通すのではなく、手動のガチャガチャ式だった。
カードと3枚つづりのカーボン用紙を手動の器械にセットして上部をガチャガチャとスライドさせると、カード表面の凸部分(カード番号や氏名など)がカーボン紙3枚に写る。
それにサインし、1枚は利用者、1枚が店、もう1枚が店からカード会社へ送られていた。
不審に思いカード会社へ連絡すると、上記のカーボン紙のコピーが送られてきた。
まず、サインが全然違う。
そして決定的なのは、ホルヘの氏名のスペルが1字間違っていること。
明らかな偽造カードだ。
カードを使用したコロンビアのどこかの店が偽造団とつながっていて、カード情報を流したのだろう。
偽造と判明したものの、今は知らないが当時は、請求書通りの金額を一度払い、その後に不正請求分が返金されるというシステムだった。
もし高額な不正使用をされていたら、支払えない可能性もあった。
このケースはスペルのミスという明白な証拠があったのでスムースにことが運んだが、カーボン紙に自分と似たようなサインがされてあればやっかいだ。
カードの署名欄は小さいので、独創的なサインが書きにくい。
普通にローマ字で書くと、似たようなサインは誰でも真似できてしまう。
そこで西洋人にわからない漢字での署名が安全とされていたが、中国人が世界中で犯罪に加担するようになって状況が変わった。
彼らは漢字を真似てしまう。
そこで、そのころの海外商社マンの間で流行ったのが、ひらがなの縦書き署名。
これなら中国人にもわからないし、縦書きというのが意表をついている。
真似することは非常に困難だ。
ホルヘもこれを取り入れ、不正使用された際もそうだった。
だから犯人に真似されずに済んだ。
しかし、これにも欠点はある。
それは、国内で使用する際の恥ずかしさ。
いい大人がひらがなで署名するのは尋常でなく、売り場の人から変な目で見られてしまうのだ。
写真はイメージです。(コロンビアにて)