プレミアリーグのトッテナムに所属する韓国のスター、ソン・フンミン。
2月18日に右腕を骨折した彼は、母国に戻って手術を受けた。
オペは成功し術後の経過も良好で一安心したが、新コロナ騒ぎに巻き込まれてクラブに戻れなくなってしまった。
イギリスがウィルス防止策として、汚染地域からの入国者を2週間隔離することを決定したからだ。
重要な戦力の早期合流を待ちわびていたモウリーニョ監督は、「どうにもならない」と天を仰いでいる。
 
 
韓国に戻らずイギリスで治療を受けていればこんなことにはならなかったのだが、スポーツ選手の多くはケガをすると帰国したがる。
明らかな医療後進国出身の選手でもその傾向がある。
その最大の理由は、医師とのコミュニケーション問題だという。
ズキズキ痛む、刺すように痛む、ビリッとする、激痛が走るなど、痛みの表現はさまざまだ。
同じ英語圏やスペイン語圏でも、表現方法は国や地域で違うことが多い。
したがって、通訳を介してだと医師にうまく伝わらないことがある。
ケガで落ち込んでいるときに最も頼りとなるはずの医師とコミュニケーションが満足に取れなければ、これは不安以外の何物でもない。
医療面で劣っていても、正確にやりとりができる母国で治療を受けたいと思うのは当然なのだ。
また国へ帰れば、家族や友達に会えるという楽しみもある。
 
 
日本人は、日本の医療が進んでいると思っているが、必ずしもそうとはいえない。
たしかに最新の医療機器が普及しており、それを使いこなせる医師は多い。
しかし基礎能力では発展途上国のほうが上だったりする。
医師になるには遺体の解剖が必須だが、日本では提供される遺体が少なく、医学生2~3人に1体だと聞いたことがある。
しかし発展途上国を含む他国では、一人で何体も解剖できるケースがある。
発展途上国は事故や病気で若い遺体が多い。
ブラジルなど物騒な国では、犯罪がらみの死者が多数いる。
日本は死者を傷つけることを嫌うが、それほど気にしない国もある。
アルゼンチンでは公立病院は無料で、そこで亡くなった患者の遺族は一般的に、「医学に役立つなら」と献体に協力的だという。
 
 
また、日本の医者は安全第一主義のうえ、思考のベースが一般的だ。
FC東京でプレーしたパラグアイ人のサルセドによると、日本の医者の診たては母国のそれより大げさだという。
長く選手をしていれば、ねん挫などは何回も経験している。
したがって、自分でもどの程度のケガか推測できる。
過去に受けた母国の医師の診断と実際の回復したケースを思い出し、「これは全治2週間だな」と思うと、日本の医師は「3週間だという」。
3週間だと判断すると、1か月といわれるのだそうだ。
これは彼だけが感じたことではなく、Jリーグのブラジル人選手たちも同じことをいっていたという。
 
 
ブラジルやアルゼンチンといったサッカー大国では、患者である選手の日常生活のことは考慮せず、サッカーに特化した治療も行うことがある。
アルゼンチンで知り合いの選手が右足の指を疲労骨折した。
手術で治すことになったが、医師は折れていない方の左足もしっかりチェック。
そして、左の指も同じように疲労しているので、いずれはそこも骨折の可能性があると指摘。
ついでだから、両足一緒に手術しようといいだした。
両足同時に行なえば、しばらくは寝たきりの生活になる。
片足なら松葉杖を使って日常生活を送れるのだから、普通なら片足ずつ行うだろう。
両眼の白内障手術だって片目ずつだ。
しかし、選手として早く復帰させるには、両足同時がベストという判断を下す。
 
 
南米のサッカー大国には、このようなサッカー医と呼ぶべき医師がおり、彼らを信頼して手術を受けた日本人選手も実はいるのだ。
スポーツ選手だけでなく、以前は近視のレーザー手術を受けにわざわざブラジルまで来た日本人もいた。
この手術は医師の技術によるところが多いので、医師の経験とこなしてきた手術の数が信頼のバロメーターとなる。
ブラジルの有名医師は日本の医師の何十倍だか100倍以上の実績があり、しかも安い。
10年以上前の話で今はどうか知らないが、飛行機代と観光を含めたブラジルでの滞在費を加えても日本で手術を受けるのとあまり変わらない金額だったと聞いている。
 
 
アルゼンチンのある日系女性は、日本の帝王切開をバカにしている。
傷痕が残ってみっともないというのだ。
なんでも、帝王切開の方法には横切りと縦切りがあるらしい。
横切りは筋肉や皮膚(?)の繊維に沿っているため、傷口がピッタリとくっつき目立たなくなる。
アルゼンチンはこの切り方で、産婦人科医は「術後でもビキニを着られるよ」というのが決まり文句らしい。
ところが日本では傷痕が残る縦切りが一般的なのだそうだ。
日本は自然分娩が基本で、帝王切開は緊急事態と捉えられているのかもしれないが、アルゼンチンでは、初めから帝王出産を希望する人が少なくない。
前もって手術日を決めるので、夜中の陣痛で妊婦、ダンナ、医師が慌てる必要がない。
合理的な出産方法として普及し、それによって切開技術が進歩したのかもしれない。
 
 
それから臓器移植も、合法的に日本より早く安くできるらしい。
日本では移植手術を待つ患者が多いうえ、適合する臓器を見つけるのに時間がかかる。
南米では解剖用の献体と同じく遺族の拒否反応が少なく、待ち時間は短いようだ。
経験豊富な医師もおり、費用は日本より安い。
ただ、アルゼンチンでは居住者に限るといったような規則があるらしく、移植手術目的の渡航者は受け付けてくれないようだ。
このため、息子に臓器移植手術を受けさせようと、家族で引っ越してきた日本人家族がいた。


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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