6月24日、ブエノスアイレスのホルヘのマンションの管理会社から、全住民宛の一斉メールが届いた。
そこには、「4-AのロミーナさんがCOVID-19に感染して入院し、同居している家族は検査を行った」と書いてあった。
日本では、このような個人情報を知らせることはないのではないだろうか。
しかし感染拡大防止の観点からすれば、情報を共有したほうがいいのは明らかだ。
専門家は7月中旬がピークとなると予想しており、24日の感染者数は2606人で新記録を更新し、26日には2800人を突破した。
フェルナンデス大統領は、外出禁止(首都圏のみ)を7月21日まで延長することを発表。
また、夜間に限り許されていたジョギングや散歩も再び禁止されることとなった。
 
 
26日の感染者の中には、アルゼンチンを1986年W杯優勝、90年大会準優勝に導いたカルロス・ビラルド元代表監督も含まれていた。
彼は82歳と高齢なうえ正常圧水頭症という難病を患っている。
発症すれば重篤化の可能性が高く心配されているが、陽性反応から1日たった段階では、新型コロナの症状は出ていないという。
 
 
プロスポーツがすべて中止もしくは中断中でネタのないスポーツメディアは、「〇年前の今日はこんなことがあった」とか「あれから〇×周年」という歴史ネタに頼らざるを得ない。
6月24日は、90年イタリアW杯の決勝トーナメント1回戦でブラジルを破ってから30年というテーマが報じられた。
いかに最大のライバル相手の勝利とはいえ、ベスト16の一戦にスポットを当てるのは不思議に思える。
しかし、この試合はいわくつきのものなのだ。
優勝候補のブラジルは多くのチャンスをつかみながらもゴールを奪えず、終盤、カニーヒアに決められ0-1で敗れた。
2004年までこの試合は普通の一戦に過ぎなかった。
しかしテレビのトーク番組で、マラドーナが爆弾発言。
給水ボトルに睡眠薬を入れ、それをブラジル選手に飲ませたというのだ。
 
 
現在のような給水規定のなかった当時、負傷選手の治療でピッチ内に入るドクターやマッサーは給水ボトルも持っていき、それを選手に渡していた。
相手チームの選手が求めても、それを拒むことはなかった。
マラドーナによれば、透明と緑の2種類のボトルを用意し、透明は普通の水で、緑は薬を入れたブラジル選手用だった。
前半39分にトログリオが倒れた時、その作戦が実行された。
しかし味方のオラルティコエチェアが間違って緑のボトルを取ってしまい、「それは違う」と慌てて止めたとか、薬を飲んだブラジルのブランコがフラフラになったなどを、面白おかしく語った。
マラドーナの一人舞台で、まるで「すべらない話」のように笑わせる気満々のトークだった。
前述のビラルドやカニーヒアは、「ディエゴお得意の冗談だ」と一蹴し、協会も「単なる冗談にすぎない」で押し通したものの、疑惑は晴れない。
 
 
30周年では当時のブラジル代表監督ラサローニにもインタビューし、「ハーフタイムに、ブランコがアルゼンチンの水を飲んでから気分が悪い、と訴えていた」、「ブランコはあれがトラウマになり、その後、南米では相手チームの水が飲めなくなった」、「マラドーナが公の場で話したのだから、疑いなく事実だ」などのコメントを得ている。
改めてアップされたトログリオの治療場面の映像には、たしかにボトルが2種類あり、緑を取ったアルゼンチンの選手がマッサーから注意され、透明のボトルに替えるシーンも映っている。

 
 
そして、マジョルカの久保が古巣というか貸し出され元のレアルマドリッドと対戦した試合も大注目を集めた。
といっても試合内容や久保についてではなく、86分に交代出場したルーカ・ロメロがその主役。
彼は15歳と219日でリーガデビューを果たし、1939/40シーズンにフランシスコ・バオが作った15歳と255日の最年少記録を更新し、スペインのマルカ紙の表紙を飾った。
もちろんアルゼンチンで注目されるのは、彼がアルゼンチン人だから。
父親は元プロサッカー選手のアルゼンチン人で、メキシコでプレーしているときにロメロが生まれた。
父親はその後エクアドルを経てスペインの2部でプレーし、そのまま住み着いた。
したがってロメロはメキシコ、スペイン、アルゼンチンと3か国の国籍を持っており、昨年11月から12月にパラグアイで開催されたU-15南米選手権にアルゼンチン代表として出場している。
 
 
今は彼が話題の的で、さまざまなエピソードが報じられている。
マジョルカのユースでは「メキシコのメッシ」と呼ばれ目立っていたが、その評判はアルゼンチンには届かない。
彼がアルゼンチン代表となるには、いくつかの奇跡があった。
そもそもの発端は、元プロ選手にして現在は弁護士となったロドリゲスだった。
サッカーのW杯はいろいろなカテゴリーがあるようで、2018年にスペインで「弁護士W杯」が開催され、ロドリゲスはそれに参加。
そのついでに、マジョルカのユースに所属している友人の息子の試合を観ることとなった。
そこでロメロを知り衝撃を受ける。
アルゼンチン国籍であることを聞くと、すぐに元チームメイトでU-15代表担当のサヘッセへメールで知らせた。
ロメロのビデオを集め協会も興味を持ったが、国内にもタレントは豊富。
協会が費用を負担してまでスペインから13歳を練習に呼ぶべきか、と議論になった。
しかし強化のトップが許可を出し、18年の7月9日に代表合宿へ参加。
そのままU-15代表に選ばれた。
  
 
リーガの最年少デビュー記録を更新したことで一躍時の人となったロメロ。
メキシコでは、元日本代表監督のアギーレが、我が国の代表でプレーさせるべきだ、と引き抜きを狙っているそうだ。
マラドーナやメッシのような至宝に育つかどうか、今後も注目したい。
 
 
さて、2011年4月から続けていたこのブログも今回が最終回。
およそ9年に渡り南米のサッカーやお国事情、さらにはホルヘの日常までをお伝えしてきた。
南米好きの方々には、多少なりとも面白い話があったのではないだろうか。
長年のご愛読に感謝します。


About The Author

ホルヘ三村

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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