アルゼンチンは牛の国だ。
広大な大地で、人口(約4千万人)の3倍ほどの牛が育てられているという。
肥沃な平野に生える栄養豊富な牧草を食べることで肉質が良く、世界各国へ輸出されている。
伝染病である口蹄疫の関係で日本は長らく禁輸措置をとっていたが、昨年解禁された。
 
 
国民の、最も身近にしてお馴染みのイベントはアサード。
厚切り肉を炭火でじっくり焼いたバーベキューだ。
天気の良い週末は、庭先や郊外の屋外で仲間や家族とこれを楽しむ。
牛肉の味そのものを味わうため、味付けはシンプルに塩と胡椒だけ。
あとはお好みで、口をさっぱりさせるために酸味のきいたチミチューリという薬味を合わせる。
アサードはアルゼンチンの文化で、みなが誇りを持っている。
しかしそのシンプルさ故、世界BBQコンテストなるものに出場しても好成績は残せない。
 
 
豚肉ももちろんあるが、牛肉に比べると極端に少ない。
街の小さな肉屋は、牛肉しか置いてなかったりする。
スーパーでは厚切りや塊肉がトレイに入れて売られ、肉屋ではブロック肉を切り売りする。
一般的な肉の食べ方は、炭火焼きのアサード、簡易式にオーブンで焼いたアサード・アル・オルノ、フライパン調理、煮込みといったところ。
2~3センチ暑さの肉なら、フライパンでもステーキが焼ける。
 
 
しかし、我々日本人にとっての代表的な肉料理は、すき焼きであり、しゃぶしゃぶであり、焼き肉(韓国風)であり、生姜焼きであり、豚たま(お好み焼き)であり、肉野菜炒めである。
つまり、薄切り肉を使う料理が圧倒的に多い。
そして、この薄切り肉を入手するのが意外と大変なのだ。
 
 
生のブロック肉を包丁で薄く切るのは至難の業だ。
技術もさることながら、業務用の特別な包丁が必要。
しかし凍らせて半解凍した肉なら、なんとかなる。
以前はこの方法ですき焼きをよくやった。
ところがこれも温度調整が難しいし、左手は凍傷になりかけるし、包丁がすぐダメになる。
 
 
肉屋で「薄く切ってくれ」と頼んでも、部位にもよるが1センチ程度にはなってしまう。
プロとはいえ、薄切りに慣れていないのだからしかたない。
ときには、「こんんなに薄くしたら旨くない」と叱られたりする。
そんな肉屋はきっと、「この東洋人、肉のことわかってないな」と思っているのだろう。
 
 
ハムなどを薄く切る電動のスライサー。
あれならば簡単に切れる。
しかし、肉屋にこれがない。
アルゼンチンでは一般的に、ハムやベーコン、チーズなどはフィアンブレリアという別の店で売っている。
肉屋には骨を断ち切るノコギリのスライサーはあるが、薄刃のものはない。
たとえあっても、衛生面から、ハムやチーズを扱うのと同じ機械で生肉は切ってくれないだろう。
 
 
というわけで、ホルヘは薄切り肉を手に入れるため韓国人街まで足を運んでいる。
ここはその名の通り韓国人がたくさん住んでいて、韓国料理屋も多い。
その一角に韓国人経営の肉屋があり、そこで薄切り肉を売っている。
しかし日本のように、「すき焼き用200グラムください」というような、生の薄切り肉を希望の量買うのでなく、1キロパックの冷凍薄切り肉だ。
牛肉のすき焼き用もあれば、豚のモモ肉やばら肉もある。
 
 
これらを2種類(計2キロ)買い、家に帰ってから常温で少し解凍し、1食分ずつの量に小分けしてフリーザーで保存する。
このお店のおかげで、ホルヘの食生活は大いに助かっている。
 


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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