満開だったハカランダもほぼ散って、今年もホルヘの帰国の時期となった。
ここ数日のブエノスアイレスは猛暑続き。
一昨日は39度まで上がり、冷房によって電力使用量が急増したせいか数時間の停電となった。
夏真っ盛りの1月と2月はこのような停電が多いそうだが、12月では珍しい。
ちなみに39度とは体感気温。
こちらでは実際の気温より体感気温で報じられることが多い。
 
 
帰国を目前にしてホルヘを悩ませたのは、髪の毛を切るか切らないか問題だ。
かなり伸びてきて切るタイミングなのだが、こちらの床屋や美容院で満足したことがない。
日本に比べて、ハサミで一回ごとにカットする髪の毛の本数が圧倒的に多い。
大胆にパッツン、パッツンと切っていく。
髪の毛をすくという技も使わない。
したがって所要時間は5分ほどだ。
ホルヘは毛髪量が多く毛根が立っているので、床屋に行くと逆にセットが難しくなる。
 
 
もちろん、おしゃれな場所にはセレブが行くような高級店もあり、そこでは時間をかけて繊細にカットしてくれると思う。
しかし、わざわざそんなところまで足を運ぶ気はない。
元々散髪が嫌いなので、安く簡単にすませたいと思っている。
日本でも、以前は近所にある690円カットに行っていた。
ここは美容院のチェーン店で、平日の決まった時間にこの安カットを行っている。
なんでもこれを担当する美容師さんは、育児休暇中の人が多いという。
いずれフルタイムで復帰するために、腕が錆びつかないようパートで働いているらしい。
 
 
ちなみに、アルゼンチンの大衆的な散髪代は5~600円といったところ。
昔から、散髪代とズボン1本のクリーニング代がほぼ同じだという。
さらには、紳士靴1足と売春婦へのお手当も同程度といわれている。
 
 
ブエノスでの散髪が気に入らないのなら、1週間ほど我慢して日本に着いてから髪を切ればいいのだが、帰国直前にゴルフをすることになっている。
ホルヘは無帽でプレーする。
この猛暑の中でゴルフをすれば、バリバリに日焼けすることは明らかだ。
それから髪を切れば、日焼け後が目立ってしまう。
以前、実際に経験している。
これを避けるため、10センチ強の髪の毛を2センチほど切ることにした。
 
 
なぜだか知らないがホルヘの家の近くには、ドミニカ人の床屋がたくさんある。
家から100メートル以内に4軒もあるのだ。
たしかに、ドミニカからの出稼ぎ者が、ここから2キロメートルほど先のコンスティトゥシオン地域に多い。
しかし、なぜこれほど床屋が一極集中するのかが不思議だ。
ドミニカ床屋は総じて店のウィンドウに、カットモデルというのか、ヘアースタイルの写真をベタベタ貼ってあり、そのほとんどが側頭部と後頭部がカリアゲ。
そしてカリアゲの中にイナズマのような模様が入っているものもある。
 

 
 
髪の先を2センチだけ切るならどこでも同じと、家から30メートルのドミニカ床屋へ行った。
若い理容師は、ホルヘにケープを着けると、いきなりバリカンを手にした。
慌てて、「なんでそれを使う。ハサミでやってくれ」と抗議。
客のオーダーも聞かずにバリカンを持つとは、いったいどういうことか。
全体的に10センチ以上の長さの髪で覆われている頭を見れば、「これはバリカンじゃないな」と思うのが普通だろう。
 
 
しかし、ここに来る客のほとんどをバリカンでカリアゲにしているのなら、理容師が習慣的にバリカンを手にしたとも考えられる。
そこで気を取り直し、「2センチほど切ってくれ」とオーダーした。
霧吹きで髪を湿らされている間に、店内のテレビで流れていた大統領就任式の話題に気を取られた。
いつの間にかカットは始まっており、気が付くと切り取られてケープに落ちた側頭部の髪の毛が異様に長い。
「なんでそんなに切るんだ」と声を荒げると、「だって、2センチっていうから」と答える。
このアホは、「毛先から2センチ切ってくれ」、というのを、「根元から2センチの長さに切ってくれ」と取り違えたのだ。
こいつは理容師ではなくカリアゲ師で、男の髪形はすべからくカリアゲだと思っているのだろう。
側頭部が2センチというのは、長めのカリアゲに他ならない。
得意のバリカンを封じられたうえ「2センチ切って」というオーダーを受けたにもかかわらず、彼は苦手なハサミと独自の解釈で自分のスタイルを貫いたのだ。
 
 
客はたまったものではないが、一部分を2センチにされてしまった以上、他の部分もそれにあわせなければならない。
結局、その後もチョキチョキとカリアゲ作業は続き、ついにホルヘのカリアゲ君が出来上がった。
最後にカリアゲをしたのは、40年近く前のことだ。
飲み屋で美容師たちとよく顔を合わせており、その縁でカットモデルをすることになった。
当時、床屋で行うそれとは違う、美容室でカットする男性のカリアゲが流行り始めており、ホルヘが若手美容師の実験台となったのだ。
 
 
今回は思わぬアクシデントで意図せぬ髪形になってしまったが、それほど見栄えは悪くないし、シャンプーは楽だし、40年前のことも思い出せたので、これはこれでよしとしよう。


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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