アルゼンチンリーグの前節はクラシコデーだった。
インデペンディエンテ対ラシン、エストゥディアンテス対ヒムナシア、
ロサリオ・セントラル対ニューウェルスなど各地のクラシコが一斉に行われた。
もちろん、リーベル対ボカのスーペルクラシコもこの中のひとつ。
ボカはこの試合に勝てば単独首位となる。
チームを引っ張るのは、7月から復帰したテベス。
未だバリバリの現役代表選手だけに、そのパフォーマンスはリーグでも群を抜いている。
日本でガンバを下してから不振のリーベルは、
ホームでボカを破って優勝争いに踏みとどまりたいところ。
開始4分でボカは代表のガゴが負傷退場。
替わりに入ったのは、ウルグアイ代表のロデイロ。
そして彼の決勝ゴールにより、ボカが1-0で勝利を飾った。
いつものように路線バスで帰って来ると、面白いというか、
なんか物騒だなと思うことがあった。
バスの中にはスタジアム帰りのリーベルサポーターが10人ほどいた。
バスがホルヘの家の近くで信号待ちをしていると、
「ガジーナ!(リーベルの蔑称)」という声が突然聞こえた。
声がした方を見ると、隣の自動車の運転席から男が身を乗り出し、
左手の親指と人差し指で輪を作り、そこに右手の指を突っ込んで、
「ファック」のゼスチャーをこちらに向けてやっている。
ユニホームを着ているリーベルのサポーターを車内に見つけ、
ボカサポーターがからかってきたのだ。
これは、よくあることで珍しくもない。
バス内のリーベルサポーターは2~3人ずつの4グループで、
それまではグループ同士のつながりは全くなかった。
しかし、これを機に一致団結。「ふざけやがって、あの野郎」みたいな言葉が交わされるようになった。
とはいえ、彼らもこの挑発を楽しんでいるようで、皆の顔には笑顔があった。
件の自動車が先行し、バスがその50メートルほど後方を走る。
バスが赤信号で止まったとき、誰かが運転手に、「追いついて、ぶつけてくれ」といった。
この冗談に一同笑ったが、なんと運転手は信号無視をして発進。
彼もまたリーベルファンだったのだろう。
しかし一度停車したことで差は開き、目的の自動車は見えなくなっていた。
誰もが本気でぶつけるつもりはなかったので、
「見失ったか。まあ、しょうがない」といった空気になった。
ところが、ホルヘが降りるバス停の150メートル手前に建っている
マンションの車寄せに、あの自動車が停まっていた。
バスはその前を知らずに通過したが、車内の何人かが、「あんなとこにいた」と発見したのだ。
ホルヘが降りる準備をしてブザーを押すのと、リーベルサポーターたちが、
「あそこに戻って、懲らしめてやろうぜ」と騒いだのはほぼ同時だった。
すると、バスは停留所のはるか手前で止まり、降車ドアを開けた。
バスの運転手が、サポーターに同調したのだ。
バスから降りたリーベルサポーターは、わめきながらマンションへ向かう。
どうなるかと興味津々で見ていると、彼らの接近を察したボカサポーターは、
自動車を急発進させて辛くも逃げきった。
もし捕まっていたらリンチされていただろうし、
逃げる際に相手を轢き殺す危険もあった。
とにかく、無事に済んだのは幸運といえる。
ボカサポーターのからかいから始まったものがリーベルサポーターの集団心理を産み、
彼らの冗談に運転手が乗ったことでリーベルサポーターは抑えがきかなくなった。
アルゼンチンではサポーター同士の殺傷事件が多発しているが、
その多くは、このように些細なことから発展したものではないだろうか。
台風発生のメカニズムを知るがごとく、
間近でトラブルの誕生から発達までを見ることができ、貴重な体験だった。