ロシアW杯決勝の審判団は、ピターナ、ベラッティ、マイダーナのアルゼンチントリオが指名された。
主審のピターナは開幕戦のロシア対サウジアラビアを裁いており、W杯史上2人目の開幕戦&決勝戦を担当する主審となった。
たまたま前回のブログに書いたエリソンドが、2006年ドイツ大会で史上初となるこの2試合の主審を務めている。
つまり、史上2人の快挙を達成したのがともにアルゼンチン人なのだ。
 
 
開催国が出場する開幕戦は、一般的に相手が格下のケースが多い。
地元に華を持たせるべく、抽選でそのようになるようになっている。
力量差のある試合は、実力が伯仲しているより審判にとって楽だ。
しかし、開幕戦の主審には特別で重要な任務が課せられる。
それは、大会を通じての「判定基準」をそこではっきりと示すこと。
どこからが反則でどこまでは大丈夫かということを明確にする。
他の審判員と場合によっては選手たちも、この判定基準を参考にしてその後の試合に臨む。
甘かったり厳しかったりというジャッジのばらつきがあると、基準が不安定になってしまう。
開幕戦の主審は、定められた一定の基準を最初から最後まで保てる能力を備えていなければならない。
 
 
それまでの実績と大会直前の審判員キャンプの成績により、この大役を務める者が指名される。
つまり開幕戦を務めるのは、その時点で世界最高峰と評価された審判団ということだ。
 
 
大会中は審判にとってサバイバルの連続。
ミスジャッジなどで減点されると寿命がどんどん短くなる。
グループリーグが終わると試合数がグッと減るので、評価の低かった審判は余剰人員として切られる。
そして生き残った者の中で特に優れた審判が、決勝戦を担当する。
 
 
ピターナは開幕戦の後、メキシコ対スウェーデン、クロアチア対デンマーク、ウルグアイ対フランスを裁き、その際のジャッジが高く評価された。
南米勢が早々と姿を消したので、「せめて審判は、最後まで南米勢を残してやろう」という温情あるいは政治的判断があったかもしれないが、4試合での評価が低ければ、最高のフィナーレの舞台を任されるはずはない。
 
 
エリソンドとピターナを輩出したアルゼンチンの審判制度は、日本のそれとは大きく異なっている。
日本では1日の全日講習を受ければ4級審判員になれるが、アルゼンチンでは最下級の5級になるのに18か月かかる。
 
 
日本のサッカー界は組織がしっかりしており、ほとんどの小学生チームが日本協会に第4種登録している。
したがって彼らが参加する大会は公式大会で、審判は有資格者でなければならない。
協会は審判員を増やすべく、容易に資格が取れるようにしている。
 
 
一方アルゼンチンでは、国土が広いこともあり、協会は末端や地方まで手を伸ばしていない。
直接コントロールせず、各組織の自主運営に任せている。
末端の審判育成ということも考えていない。
 
 
協会には審判委員会があるものの、審判が所属しているのはAAAまたはSADRAという組織のどちらか。
この両組織は審判組合。
元はAAAだけだったが、スト破りを機に分裂してSADRAが生まれた。
協会は組合に依頼し、審判を派遣してもらう。
そして、審判の育成もこれらの組合が行っている。
 
 
育成の目的は日本のような底辺拡大でなく、上級の審判を育てること。
そのため、実質18か月もの期間をかけるのだ。
資格を取得するには、3月から12月まで開講されている審判学校へ2年間通わなければならない。
授業は火曜と木曜の夜間2時間。
火曜が講義で木曜は体力トレーニングおよび実技。
そして土曜には指名された生徒がグランドで実習を行う。
日本の審判研修会では、12分間走の目標は2400メートル。
しかしここでは、2700メートルが基準となっている。
 
 
18か月間も何を学ぶのかと思うが、ルールについては早い段階で覚えてしまい、その後はさまざまな状況を想定してのディスカッションが中心。
講師が「このような場合は、こうしろ」と指導するのではなく、生徒から意見を引き出し、どのようにルールを適用すべきかを考える。
 
 
学校を終えて5級になっても、週3回のトレーニングに参加することが推奨される。
AAAはブエノス市内にグランド、体育館、プール、テニスコートなどを備えたトレーニング施設を所有している。
仕事を終えてから週3回ここに通うのは大変なことだが、グループでトレーニングすることが励みなり効率も上がる。
また、常にここに顔を出していれば、指導者や先輩との交流が生まれアドバイスを受けることができる。
 
 
このような厳しくも恵まれた環境により、エリソンドとピターナは審判界の頂点を極めることができたのだ。
 


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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