道を歩いていたら、向こうから来た8歳くらいの少年が、すれ違いざまに、
 
ホルヘの顔を見ながらガッツポーズのような素振りをして「ゴール」と叫んだ。
 
白人社会のアルゼンチンではこれくらいの年頃の子供でも、アジア系の人間を見かけると、
 
でたらめな中国語などを投げかけてからかうことがある。
 
おそらく今回の少年もその類だろう。
 
 
 
しかし子供だからといって、そんな不作法は許されない。
 
そこでホルヘは、グイッと睨みつけてやった。
 
ところがしばらく歩いて気が付くと、そのとき着ていたTシャツの胸には、「gol.」と大きく描かれていた。
 
あの子は、ただそれに反応しただけだった。
 
ひょっとすると、「おじさん、そのシャツかっこいいね」くらいの意味を込めて、
 
「ゴール」の言葉を贈ってくれたのかもしれない。
 
睨んだりして、悪いことをした。
 
 
 
さて、今回も前回に引き続きガラパゴス諸島編。
 
楽園とはまさにあのことで、是非もう一度行ってみたい。
 
しかも、足腰の元気なうちに。
 
なぜなら、ツアーの中にはかなりハードなコースもあるからだ。
 
もっともきつかったのは、エスパニョーラ島のトレッキング。
 
とにかく暑いうえに足場が悪いとこも多く、カメラバッグを担いでいたホルヘは、
 
30歳代だったにもかかわらず、相当バテた。
 
 
 
途中でアメリカの高齢者グループとすれ違ったが、もはや自力で歩けず、ガイドに背負われている人がいた。
 
前回書いたように、ガラパゴスツアーで命を落とす高齢者は珍しくないそうだ。
 
だから、ヨボヨボになる前に再訪したい。
 
 
 
ホルヘのクルーズは小型船で宿泊設備がないため、夜は島に上陸してペンションに泊まる。
 
乗組員が少ないのですぐ仲良くなり、一緒に楽しく酒盛りをした。
 
そんなある日、夕食を呼びに来た1人の船員が、ホルヘの部屋の前で鼻をクンクンさせ、「俺にもくれ」といってきた。
 
「何をだ」と尋ねると、「とぼけるな、マリファナだ」というではないか。
 
実は部屋で焚いていた蚊取り線香を、マリファナと誤解したのだった。
 
 
 
ツアーで一番印象に残っているのは、イサベル島の火口見学。
 
朝、「火口を見に行く」と自動車に乗せられ、しばらく行くと、
 
「ここからは自動車が入れないので、馬に乗る」といわれた。
 
馬というのは、乗ると非常に高く感じるものだ。
 
同行のスイス人女性は、馬にまたがった瞬間、その高さに怯えて泣き出してしまった。
 
結局、彼女は恋人と一緒にリタイア。
 
高所恐怖症のホルヘも当然ビビったが、日本男児の名に懸けてやせ我慢。
 
しかし問題はここから。馬を引く馬子みたいなものがいない。
 
自分で馬を操らねばならないのだ。
 
 
 
「馬に乗ったことがない?なに、簡単だ。右に行きたきゃ、右の手綱を引く。
 
左に行きたきゃ、左を引く。止まるときは、両方引く。これだけだ」とガイドの説明。
 
「そんなに簡単なのか」と安心していると、「俺は子供のころから馬に乗っている」と
 
豪語していたオーストラリア人が、たちまち振り落された。
 
これでよみがえった恐怖心は、以前よりさらに強くなった。
 
 
 
とにかく馬を怒らせないことを第一に考え、手綱をそっと引く。
 
しかし、それではまったく効果がない。
 
ホルヘの馬だけみんなとはぐれ、藪の中へと入っていく。
 
短パンだったので、真っ赤に日焼けした脚に小枝がビシビシと当たり、さながら拷問のよう。
 
ガイドがやってきて馬を正しいほうへ導いてくれ、「いうことを聞かなかったら、これで馬を叩け」と
 
木の棒を渡されたが、そんなことしたら振り落されそうで、できるわけがない。
 
 
 
やがて、一番の難所に到達。
 
幅が2メートル弱の隘路で、左側は断崖絶壁。
 
道は平坦でなく崖側に傾いたりしている。
 
おまけに雨でぬかるんでおり、馬がズズっと足を滑らすのが感じられる。
 
高所恐怖症に馬の恐怖。
 
ホルヘはなすすべもなく、手綱を完全に緩め、お馬さんにすべてを委ねるしかなかった。
 
 
 
しかし火口近くの平地に着いた頃には、なんとなく馬にも慣れてきた。
 
思い切って強めに手綱を引くと、ちゃんということを聞いてくれる。
 
こうなると面白い。軽く走らせたり、オーストラリア人と鬼ごっこまでするようになった。
 
これでホルヘはすっかり馬好きになり、その後、ペルーなどで何度か乗馬を楽しむきっかけとなった。


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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