この10年近く、3月から12月までをアルゼンチンで過ごしている。
つまり、日本の夏とはご無沙汰だった。
アルゼンチンの12月は日本の6月に相当し、梅雨がないため爽やかな初夏だ。
ということは、ホルヘは約10年も真夏を経験していない。
 
 
今年の日本は冷夏だったそうだが、帰国した8月末は非常に暑く、気温が35度くらいになった。
長きにわたり夏から遠ざかり、しかも冬のアルゼンチンから来たホルヘにこれはきつかった。
 
 
帰国1週間後、なにやら腹の具合がおかしくなり、「便秘かな」と思った。
元々便の回数が多いので、1日でも出ない日があると、腹が張って苦しくなる。
トイレでがんばってなんとか出したが、まだスッキリしない。
その後、オナラをしたわけでもないのに、何かが肛門から出た感触があった。
「漏らしたか」と、恐る恐るティッシュを当てると、そこには真っ赤な鮮血が付いていた。
 
 
トイレに駆け込むと、さらに血が出た。
イボ痔を患っているときは出血など珍しくもなかったが、今年2月に手術して完治している。
さらに腹痛も始まった。これは、拙いことになった。
 
 
まず心配したのは、O157のことだ。
これは腸管出血性大腸菌ともいうようで、症状としては血便が出るらしい。
実家で老母に食事を作ることもあるので、感染させたらえらいことだ。
年寄だけに、下手したら命取りになる。
 
 
すぐに病院へ行くと、CTスキャンで大腸の左部分に炎症が認められた。
検便もしたが、菌の培養に時間がかかるので、とりあえずは原因不明の腸炎との診断。
薬をもらい、2日間の絶食を科せられた。
しかし症状は悪化の一途。
出血は増し、痛みはキリキリと刺し込むようになった。
 
 
それでも絶食明けには回復の兆しが表れ、およそ1週間で完治。
検便でもO157などの菌は検出されなかった。
久々の猛暑で体力は落ちていたし、冷たいものをがぶ飲みしていたので腸が変調をきたしたのかもしれない。
 
 
夏といえば蚊である。
プーンと飛んできて腕に止まったので、パチンと潰した。
その残骸を見て、「子供の蚊だな」と思った。
しかしすぐさま、「子供の蚊ってなんだ」と思い直した。
蚊の幼虫はボウフラである。
それが羽化すれば立派な成虫であり、羽化したてであっても「子供」ということはないはずだ。
 
 
ホルヘがなぜ「子供の蚊」と思ったかというと、その姿が小さかったからだ。
小さいから、これからどんどん血を吸って育っていく子供だと思ったのだ。
しかし、それはとんだ勘違い。
蚊といえば、長らくアルゼンチンの大きなものばかり見ていたのでそのサイズに慣れてしまい、日本の普通の蚊の大きさを忘れていたのだ。
 
 
日本の夏の風物詩は数々あれど、ホルヘがかねてから恋焦がれていたのは冷やし中華だ。
昔は、夏になれば外でも家でもよく食べたものだ。
ブエノスアイレスの日本人会館内のレストランに、以前は冷やし中華があった。
しかしそれは、刺身のツマを作るスライサーで切られた極細の人参やレタスが具の、「サラダパスタ酢醤油味」というようなものだった。
自宅でも作ったこともあるが、コシのある麺が手に入らず、「冷やし中華もどき」にしかならなかった。
 
 
そこでこの機会を利用し、冷やし中華三昧を楽しんでいる。
そんな中、地元である浜田山の香港料理店「蘭」の冷やし中華が、「マツコの知らない世界」で紹介されたという話を聞いた。
この店は中国人の経営で旨いものが多く、ホルヘはよく利用していた。
しかし本場・中国に冷やし中華はないはずだが。
  
 
さっそく行ってみると、店先と店内に、「マツコの知らない世界で、当店の冷やし中華が1500店の中から第5位に選ばれました」との趣旨のお知らせが貼ってあった。
冷やし中華は醤油味と胡麻味で、さらに冷やし担々麺もある。
店員に、「5位のものはどれだ」と訊くと、「醤油味です」とのことなので、それを頼む。
単品は780円で、ランチセットだと麻婆丼(小)と杏仁豆腐がついて880円。
 
 
1500店中5位というのだからすごいものが出てくるかと思ったら、比較的オーソドックスなものだった。
具は定番の玉子、チャーシュー、キュウリの他、クラゲ、ワカメ、トマトで、麺は極細のストレート。
タレはやや甘めだった。
 
 
帰り際にレジで、「中国には冷やし中華ってないんでしょ」と訊くと、「ジャージャー麺みたいなのはありますが、全部冷たいものはないです。中国人は冷たいものあまり食べない。夏でも火鍋食べます」との答え。
 
 
中国人からすれば、「夏の風物詩」とかいって冷やし中華を食い漁っているホルヘのことは、とても理解できないだろう。
 


About The Author

ラテンのフットボールを愛し、現在はgol.アルゼンチン支局長として首都ブエノスアイレスに拠点を置き、コパリベルタドーレス、コパアメリカ、ワールドカップ予選や各国のローカルリーグを取材し世界のメディアに情報を発信する国際派フォトジャーナリスト。 取材先の南米各国では、現地のセニョリータとの密接な交流を企でては失敗を重ねているが、酒を中心としたナイトライフには造詣が深い。 ヘディングはダメ。左足で蹴れないという二重苦プレーヤーながら、美味い酒を呑むためにボールを追い回している。 女性とアルコールとフットボールの日々を送る、尊敬すべき人生の達観者。

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