IOC総会の少し前、ラプラタの日本人会々館で歌祭りがあった。
歌祭りといっても、実際は勝敗を競う歌合戦。
となると審査員が必要なわけで、ホルヘは今回もその大役を仰せつかった。
アルゼンチンの中にはいくつもの日本人会があり、個人戦と団体戦で争われる歌祭りに、
それらが精鋭を送り込んできた。その数70名以上。
まずは団体戦で、一度の小休憩を挟んでこの70余名が歌う。
歌の2番までで切り上げる演歌系の参加者もいるが、ほとんどがフルコーラスを熱唱。
審査員は、はっきりいって疲れる。
しかし彼らにとってこれは娯楽のカラオケではなく、練習を積み重ねてきた末の真剣勝負。
審査員も息を抜くわけにはいかない。
この70余名によるステージは、団体戦であると同時に個人戦の予選も兼ねている。
各参加者は審査員から点数をつけられ、団体戦は1チーム5名の総得点で順位を争う。
そして個人得点の上位15名が、個人戦の決勝へ進むシステム。
したがって歌唱は70余プラス15回行われ、午後5時半に始まった歌祭りが終わったのは午前1時だった。
団体戦(個人戦予選)と個人戦決勝の間には長めの休憩があり、審査員は別室で夕食をごちそうになる。
歌祭りには参加者だけでなく多くの観客も来るので、焼き鳥やウドンなどを作って売っている。
夕食は、それらと婦人部お手製の寿司やおにぎり。
ありがたいことに、ワインも用意されている。
まだ一仕事残っているが、ここでつい呑みすぎてしまうのが毎回のこと。
ラプラタの日系人は農業に従事している人が多く、花の栽培も行われている。
そして審査員へのお礼として、豪華な花束が贈られる。
しかしホルヘには、豚に真珠、猫に小判なのだ。なにしろ、家には花瓶すらない。
深夜ブエノスアイレスに戻ってから、女の子のいる呑み屋へ行ってプレゼントする、
ということは過去に何度かやってきた。
しかし、今回は懐が心細いのでまっすぐ帰宅。
さて、これをどうしようかと考えた末、マンションの管理人一家にあげることにした。
他にも候補者はいたが、翌日の昼間に花束を持って街を歩く姿を想像すると、恥ずかしいのでやめた。
翌日、花束を持って管理人室のブザーを押す。しかし不在のようだ。
こんなこともあろうかと、用意しておいたメッセージを付けてドアの前に置いた。
そこに知り合いのマンション住人が通りがかり、「きれいな花だ」と話しかけてきたので、
「花束を貰ったので、管理人にプレゼントするんだ」と伝えた。
夕方、管理人と会ったが、花束のことは何も言ってこない。
そこで心配になり、「ドアの前に花束あったでしょ」と訊いてみた。
すると、「いや、なかった」との応え。事の顛末を話すと、「誰かが持って行ったんだな」という。
どうやら、マンション内に花泥棒がいるらしい。
ところが、さにあらず。
ホルヘが花束を置くときに会った人が、「盗まれちゃいけないから」ということで預かっていてくれたのだった。
彼はマンションの住民組合の理事で、管理人にプレゼントするという行為を気に入り、
それが無にならないよう配慮してくれた。
そして管理人一家も、きれいな花束を貰って大喜び。
歌祭りのおかげで、ホルヘの株は大いに上がった。