22歳のきれいなセニョリータから、いかにも肉の国アルゼンチンらしい話を聞いた。
彼女はこれまでの人生の中で、ツナ缶とサバ缶とドラード以外は魚を食べたことがないというのだ。
アルゼンチンにはエンパナーダという特大餃子のようなパイがある。
揚げるかオーブンで調理するもので、中身は牛肉、鶏肉、ハムとチーズなどが一般的。
しかし年に一度のセマナ・サンタ(謝肉祭)には肉を食べない習慣があり、
そのときはツナのエンパナーダがよく作られる。
サバ缶もエンパナーダにするのかもしれない。
とにかく、彼女の家庭では魚というのはその程度の存在でしかないのだ。
通常では食卓に乗らず、そのような環境で育ったから外食でも魚は選ばない。
ドラードは、友達が釣ってきたものを食べたのだという。
この魚は釣りの対象魚として人気があり、その魚体は金色に輝いている。
ドラード(黄金の)という名前はそこからきている。
小骨が多いのが難点だが、身は美味しいらしい。
ホルヘも一度食べたいと思っている。
同じ女性から聞いたのだが、今はドブ川となった彼女の家の近くの小川で、
10年位前までウナギが取れたそうだ。
近所の子供たちがこれを取っては、フランス料理店に売っていたという。
こんな話はよくあることだが、ホルヘが興味をもったのは、
ウナギを入れたバケツに漂白剤を入れるということだった。
漂白剤を入れると身が白くなって高く売れるのだとか。
これも、いかにもアルゼンチンらしい。
この国では漂白剤がいろいろと頼りにされているのだ。
水道が普及しておらず地下水も衛生的でない地域では、地下水を漂白剤で消毒して飲料に用いている。
市販の漂白剤のラベルにも、「水1リットルに漂白剤を2滴入れ、30分待つ」と
飲料水の作り方が書いてある。
また若者の間では、早く安く酔うために、アルコールドリンクに漂白剤を混ぜて吞むのが流行っている。
これは、さすがのホルヘも試したくない。
漂白剤カクテルはともかく、こうした頼もしさ(?)を見ていると、
日本の食品へのデリケートさは行きすぎだと思う。
池波正太郎のエッセイの中で、「みぬものきよし」という言葉が紹介されていた。
台所で働く女たちが、手を滑らせて落とした食材をまた元に戻し、
女同士で「みぬものきよし」と言い合っては笑うのだという。
「みぬものきよし」とは「見ぬ者、清し」で、落としたことを見てない人は、
その食材をきれいだと思っている、ということだ。
台所で落としても、亭主は気が付かないから普通に食べる。
それですべて丸く収まる。
中国の鶏肉工場で落とした肉を元に戻しているのが問題になっているが、
凍った肉が、泥の上でなく食品工場の床に落ちた程度で、どれほど不衛生になるというのか。
賞味期限切れの肉を卸したというが、冷凍肉の賞味期限ていったい何だ。
ホルヘなど、家庭用のフリーザーで凍らせた肉や魚を、ときには1年以上経ってから食べている。
凍ったものは腐らない、という信念をもっているのだ。
冷凍肉が劣化するとしても、おそらく賞味期限の基準は現在の冷凍技術に合っていないと思う。
半年大丈夫なものを2か月とかにしているに違いない。
基準を緩めて半年にすれば、期限切れの肉など残らなくなる。
そうすれば、今回の問題も起こらなかったはずだ。
ネットで日本の新聞を読んでいると、「給食に異物」というニュースが頻繁にある。
しかし、「児童が気づき口にせず」というのがほとんどだ。
こんなの、ニュースになるのか。
児童が知らずに食べ、なおかつ健康被害を起こして初めて事件になるのではないのか。
本当に日本には、食に対して敏感すぎる人が多い。
こういう人たちには、漂白剤を煎じて、じゃない、漂白剤入りの飲料水でも飲ませてやりたい。