先日は学生時代のユニフォームについて書かせて頂きましたが、そのユニフォームと同じように“ニューフレンド”も含めたサッカー雑誌のカタログへ、所狭しと掲載されていたのがスパイクでした!
ということで、今回は私が初めて履いたスパイクにまつわる思い出を語ってみたいと思います。
 
 
通っていた小学校のサッカー部は3年生の秋から入部という決まりがあり、少し変わった時期からいわゆる“チーム”に入ってボールを蹴り始めた私でしたが、3年生のうちは普通の運動靴で練習するという決まりもあり(笑)、最初の数ヶ月は普通にアキレスの運動靴でボールを蹴っていました。
幼稚園の頃からサッカー自体は大好きだったので、当然それまでもサッカーをする時の足下は運動靴だったんですけど、4年生以上の先輩たちはスパイクを履いている訳で、「いいなあ」とそれを横目で見ながら、“アキレス”でグラウンドを走り回っていました。
 
 
そんな『修業期間』のような半年近くを経て、ようやく4年生に上がった私にいよいよスパイクを履く時がやってきます。
ウチのチームの4年生は全員が同じスパイクを履く決まりがあり(決まり多いな・笑)、進級した4月にスポーツショップから大きな段ボールが届きました。
列を作り、順番に1人1人へ渡されて行く黄色いアシックスの箱。
確か同級生のチームメイトは15人ぐらいだったと思いますが、その全員が受け取ったのは『ボンバージェノバ』という名前のスパイク。
黒ベースにアシックスおなじみの白いラインが入り、側面には“GENOVA”という文字が。
ベロの所に赤い文字で“asics”と入っていたのもカッコ良かったなあ。
履くのがもったいなくて、「初めて練習で履く」前日は枕元に置いて寝たのを覚えています。
 
 
実際に履いてみたら、やっぱりそれはアキレスとは全然違いますよね(笑)
ボール、メッチャ蹴りやすかったです。
靴の裏に付いているポイントにはちょっと慣れるまで時間が掛かりましたけど、そんなのも気にならないくらい嬉しかったですよ。
「スパイクってスゲーなあ」って。
あの感動は今でもはっきりと覚えています。
その後は、初めての試合をした時も、初めて試合に勝った時も、初めて得点した時も、私の足下には常に『ボンバージェノバ』がありました。
 
 
固定式のポイントだった『ボンバージェノバ』ですから、もちろんボールを蹴れば蹴るほど、ピッチを走れば走るほど、ポイントは削れて減っていきます。
最初は全員が履いていた『ボンバージェノバ』も1人替え、もう1人替えと、徐々にチームメイトも新しいスパイクに乗り換えていく訳です。
でも、私はなかなか新しいスパイクを買う気になれなかったんですよね。
もちろん他のチームメイト同様にポイントは減っていっていたんですけど、何か初めてのスパイクということもあって愛着があり過ぎて、「まだ履けるよな」「まだ履けるよな」で、結局1年ぐらい1つの『ボンバージェノバ』を履き続けました。
それでも、新しいスパイクを買った後も捨ててしまうのが惜しくて、結局高校を卒業するぐらいまではビニール袋に入れて保管していたように記憶しています。
 
 
今では白、黄色、赤、青、緑とスパイクもカラフルなものが目立つようになり、デザインも非常に多様性が出てきています。
それはそれで選ぶ側にとっても楽しいだろうなあと思うんですけど、私が“スパイク”と聞いて今でも真っ先に思い出すのは、黒い革に白いラインの入った、ごくごく普通のデザインで、あの日の枕元に置いていたアシックスの『ボンバージェノバ』なんです。
初めて履いたスパイクって忘れられないですよね。
 
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About The Author

土屋 雅史

サッカー界のオモシロご長寿番組「Foot!」でディレクターを務めた後、制作部プロデューサーへ(昇進か?)。 国内外問わずのサッカー全般に関する知識はハンパなく、gol.界隈では「博士」の称号を得ている知識人。 スタジアムから土のグラウンドのピッチ横までジャンルを問わないサッカー観戦と、テレビ前でのサッカーウォッチングツアーはお勤めの会社への忠誠心だけではないはず! そこにはサッカーへのLOVEがある!溢れる知識と独自のサッカー観であなたの「観るサッカー」に彩りをそえちゃいます!

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