南米テストマッチ

花見を終えて、4月4日にアルゼンチンへ戻ってきた。     今回のテーマは先週書く予定だったが、ビアファラ逮捕の報を知ってそれを優先させた。 日本がコロンビア戦を行った同日、アルゼンチンはマドリッドでベネズエラと対戦した。 そして結果は、何とベネズエラが3-1で勝利。 この両者の初対戦は1967年のコパ・アメリカで、ベネズエラは南米連盟に加入したばかりの新参者だった。 実力差は明らかで、アルゼンチンが5...

サッカー女性デー

3月8日は世界女性デーということで、サッカー界でもそれに関連した出来事がいくつかあった。 日本でも報じられたが、アメリカの女子代表が待遇改善を求めて協会を提訴した。 代表戦の出場給やボーナスが男子選手より低いのは性差別だとし、同等の待遇を求めたのだ。     以前ここに書いたが、ニュージーランド協会は出場給の男女同額を決定し、「世界初の試みだ」と胸を張って発表した。 世界的に女子の試合は男子ほど観客が集ま...

噛まれた番犬

サッカーのルールは、接触プレーへの判定とペナルティがどんどん厳しくなっている。 選手の保護が最大の目的で、それとともに試合を公正にかつよりスリリングにするためだ。 最近はあまり耳にしなくなったプロフェッショナルファール。 「ここで抜かれたらヤバイ」「パスを通されたら大ピンチ」という場面で意図的に反則をすることだが、以前はFKのみの罰だったのに、現在は警告の対象となっている。 警告覚悟でファールする選手も多いが...

5か国共催?

2月22日、ボリビアのスポーツ大臣が、2030年W杯の南米共催に参加したい旨の発表をした。 何事にも産みの苦しみというものがあり、W杯も同様だった。 FIFAのジュールリメ会長(当時)が、「世界一を決めるサッカー大会を開催しよう」と呼び掛けたものの、肝心の開催国が決まらなかった。 その時代、世界の中心は欧州で、五輪も第3回大会のセントルイス(アメリカ)以外、第10回大会までの9回が欧州開催。 しかし、W杯には...

カレンダーボーイ

サンロレンソに新加入したコロンビア人選手が注目を集めている。 といっても、そのプレーぶりではない。 アトレティコ・ナシオナルのユースからテスト入団したので、即戦力というわけではないのだ。     注目されているのは彼の名前。 苗字はゴンザレスといたって普通なのだが、ファーストネームがとんでもなく変わっている。 EFMAMJJASONDというのだ。 Jが重なるなどスペイン語系の名前には見たことがない。...

VAR

アルゼンチンが日本に2連敗を喫した。 アジアカップの3戦目ウズベキスタンと4戦目のサウジアラビアの監督はともにアルゼンチン人。 ウズベキスタンがクーペルでサウジはピッシだった。 両者ともグループリーグは突破したが、トーナメント1回戦で敗退した。     ピッシはスペイン国籍も持っており、現役時代はスペイン代表でプレーしていた。 2016年にチリを率いてコパ・アメリカ優勝。 翌年にサウジ監督に就任してロ...

土産話

アルゼンチン土産で有名なのは、ワイン、革製品、アルファホーレス(お菓子)、マテ茶、インカローズ(宝石)などだ。 日本ではチリワインがかなり流通しているが、アンデス山脈を挟んだアルゼンチンのメンドーサ地方でも良質なワインが生産されている。     世界的な牛肉の生産国であるアルゼンチン。 NHKの番組で、肉料理のシェフが各国のステーキを食べ歩くシリーズがある。 そこで取り上げられた際、出演者のシェフが、「ア...

地震VSネコババ

新年早々、熊本で震度6弱の地震があった。 2016年の大地震とは関係なく別のプレートが原因だというから、改めて日本が地震多発国であることを思い知った。     昨年の11月30日、テレビでG20の生中継を観ていたら、微弱ながらズンという突き上げ感があった。 すぐに、「これは地震だ」と気づいたが、ブエノスアイレスでホルヘが地震を体感したのはこれが初めてだった。 アルゼンチンでは、アンデス山脈近辺は地震が多く...

厳戒のG20

「G20はできたのに、メガクラシコはダメだった」。 これは、自国を揶揄する気持ちとサッカー熱の激しさを自慢する思いが半分ずつ込められた、アルゼンチンで流行ったフレーズ。 11月30日と12月1日に、G20は南米で初めてブエノスアイレスで開催された。 米中の貿易戦争、米露の関係悪化の真っ最中で、しかもジャーナリスト殺害事件の首謀者と噂されるサウジ皇太子が出席するという大緊張のサミットは万全の警備で乗り切ったが、リ...

国外決戦

コパ・リベルタドーレスの決勝戦がやっと終わった。 準決勝が10月30日と31日に行われ決勝のカードが決まった。 その日から12月9日の決勝第2戦まで39日間を要したことで、「史上最長の決勝戦」と揶揄されている。 マドリッドでの対決は、世界中の注目を集めることになった。 ホルヘが願ったのは、「みっともない試合だけはしないでほしい」ということだった。 この大舞台で消極的な凡戦を繰り広げたら、アルゼンチンサッカー...