もしもあのゴールが入っていたら・・・

ブラジルのシャペコエンセ一行を乗せた飛行機が事故に遭った悲しいニュースについては、皆さんもご存知のことと思います。 人口20万人の小さな町のクラブが、大陸規模の大会であるコパ・スダメリカーナで決勝に進出したというのに、その決勝戦に行く途中であんなことになってしまうなんて。 事故から数日経った今も、まだショック状態から抜け出すことができません。     事故が起きる前日まで、私は準決勝での結果を嘆いていました...

メデジンの悲劇

ブラジルのサッカーチーム、シャコペエンセを乗せた飛行機の墜落事故。 チームは、南米王者を決めるコパ・スダメリカーナ決勝第1戦に向かう途中だった。 シャコペエンセは国際的にはほとんど無名で、創立も1973年という若いクラブ。 サンタカタリーナ州のシャペコーという人口20万人ほどの町を本拠地としている。 78,79年は全国選手権に出場したがその後降格し、一昨年、35年振りの復帰を果たした。 その後は目を見張るよ...

アトレティコ ナシオナル 優勝

コパ・リベルタドーレスは、コロンビアのアトレティコ・ナシオナルが優勝した。 エクアドルのインデペンディエンテ・デル・バジェとの決勝戦は、インデのホームで行われた第1試合が1-1の引き分け。 標高2800メートルというキトがホームのインデは、高地という地の利を生かし、トーナメントでは常に第1試合を制していた。 しかしコロンビアにも2600メートルのボゴタがあり、A・ナシオナルは高地に慣れている。 もし決勝に上が...

荒れるコパ アメリカ

ブラジルとウルグアイがグループリーグで姿を消し、準々決勝ではメキシコがチリに0-7で大敗と波乱続きのコパ・アメリカ。     ブラジルはグループリーグ最終戦でペルーと対戦した。 引き分けでもベスト8に勝ち上がれる状況だったが、0-1で敗れてしまった。 ペルーのルイディアスによる決勝ゴールは、明らかなハンド。 腹の高さに来た右からのクロスを、ウエスタンラリアートのように腕を使って押し込んだ。 クロスを上げ...

インフル来たか?

  3連休の真ん中の日曜日、午後から調子が悪かった。   何だかだるくて、力が入らない。   歩いても、明らかにいつもより歩幅が狭い。   きっと、傍から見たらトボトボという感じで歩いていたはずだ。       その後数時間で関節や筋肉が痛くなり、寒気が来たなと思ったら39度近い熱が出た。   風邪なのか、インフルエンザなのか。   ネットで調べると、倦怠感、筋肉・関節痛などインフル...

パンチせよ

南米好きのホルヘとしては、南米のチームと日本のチームが試合をする場合、どちらを応援するかで悩む。   歴史と伝統のある南米が、サッカー後進国に負けるのは釈然としない。   ホルヘが若かりし頃は、”南米“といえばサッカーの”虎の穴“みたいな存在で、とにかく畏敬していたものだ。   しかし日本には成長してもらいたいし、タイトルも取って欲しい。   それに惨敗でもすると、こちらの人々からそのことでからかわれ...

コパ・アメリカにやってきた

6月23日の夜サンティアゴに着き、翌日のコパ・アメリカ準々決勝   第1試合チリ対ウルグアイに行ってきた。   ここまでの道のりが、実に長かった。       取材申請の受付は3月上旬に行われ、ホルヘは所定の方式に従って申請した。   しばらくするとユーザーネームとともに、今後の手続きを説明するメールが届いた。   申請が許可されたということだ。       ユーザーネームと自分で作っ...

コロンビアガイド5

好評(?)のコロンビアガイドシリーズ。   前回は食べ物だったので、今回はホルヘにとって命の泉ともいえるアルコールをテーマにする。       赤道に近く基本的に暑いコロンビアでは、やはりビールが一番人気。   1日の終わりには、タバケリアという店で一杯引っかける人が多い。   タバケリアとは「タバコ屋」の意味だが、スナックや飲み物も扱っており、質素なテーブルとイスもある。       一...

コロンビアガイド4

今回のコロンビアガイドは食べ物編。   コロンビアは首都のボゴタが標高2600メートルであるように山岳地が多く、   海岸線は太平洋側とカリブ海側に分かれるなど地域色が豊かだ。   したがって日本のように、食文化も各地で異なりを見せる。       アトレティコ・ナシオナルの本拠で、かつては麻薬王パブロ・エスコバルが牛耳っていた   メデジン市を中心とするアンティオキア県は通称パイサと呼ばれ、...

I am Kenji

湯川さんが、残念なことになったらしい。   彼と後藤さんが身柄拘束されたことについて、「自己責任」という言葉を聞く。   危険を承知で行ったのだから、責任はすべて本人にある、ということだ。   ホルヘも、重大な覚悟を持って危険地帯に入ったことがある。       2001年6月、コロンビアでコパ・アメリカが開催された。   その直前にアルゼンチンでU-20W杯が行われ、それには日本代表も出場し...